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嫌いの向こう側
「朝倉さん。俺と付き合ってくださいっ!」
「嫌です」
冷凍ショーケースより冷ややかな美月の声が、陽太の熱い想いを一瞬で凍り付かせる。
「今度は何がダメなんですか?」
陽太が必死で食い下がる。
「百四十円になります。スプーンはお付けしますか?」
「ああ……。お願いします……。じゃなくて!」
レジ脇のケースからスプーンを取り出しながら、「袋はご利用ですか?」朝倉美月は無表情で問いかける。
「ああ……。お願いします……。じゃなくて!」
リピートする陽太の目の前に、「ありがとうございました」美月はにっこり笑って、レジ袋に入ったカップアイスを差し出した。
「はぁぁぁぁぁ……」
長い溜息と共に、陽太はレジ袋を受け取った。
瞬間、少しだけ指先が触れ合う。その手を素早く引っ込めると、「お待たせいたしました」美月の視線が次の客へと向けられた。
「あの……。一体何が……?」
身体一つ分横へズレると、陽太は諦めきれずに再び聞いた。
「声です」
バーコードリーダーを持つ手を休めることなく、無機質な声で美月が答えた。
「声……?」
「はい。その暑苦しい声が、嫌いです」
会計を待っている客が、陽太に憐みの目を向けた。
「声……ですか……」
がっくり肩を落とすと、陽太はとぼとぼと出入口へと向かった。
「ありがとうございました」
すっかり正気を失ってしまったその背中に向かって、美月は営業用の声を投げた。
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