黄昏の君

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出仕したての頃、暁は『魔王』に扈従せねば広壮にして複雑に入り組んだ城の中で迷子になってしまうありさまであった。 今ではそんな不調法を晒すことはないが、それでも未だ立ち入る事の無い領域が城の大半を占める。 『魔王』が生活に於いて用いる空間は極く極く限られている。 散歩といっても、日々の奉公ですっかり馴染みとなった界隈を歩き回るのみである。 かつて数知れぬ魔の眷族が犇めいていた恐るべき伏魔殿の夜闇は静謐そのもので、高き天上に震える星屑の鍾鍾たる奏楽さえ耳に届くかと疑われる。 こんな心持ちもまた、誰も知る由もない。 「なんだ?」 一向に癒えぬ憂悶に苛まれつつ歩を進めていた暁は一対の有角獅子が護る巨大な扉の前で足を止めた。 日頃より決して足を踏み入れてはならぬと主君より戒められてきた扉が無造作に開け放たれていたのである。 そして、その前には極楽鳥花を象った『魔王』の上衣の留飾が転がり落ちていた。 開け放たれた扉の奥からは幽けき足音と衣擦れが聞こえる。
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