黄昏の君

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有翼竜と不思議な花鳥の浮彫に彩られた大広間で、たった二人きりの賀宴がはじまった。 白い掌に握った金瑠璃の爵を優雅に掲げた女王の発声に和するは未だあどけなき少年の声である。 「日頃の忠勤、大儀。一層励むが良い。 ・・・はや一年か。やっと侍従に相応しい面構えになったきたな(あけ)。頼もしく思うぞ」 絶えて久しい儀典に則り、王に相応しい威厳を以て臣下に労いの言葉を与えた女人は白い貌を優しく綻ばせた。 戴く宝冠よりもなお燦然たる白金色の髪と、細めた眼に宿る紫紅の瞳。 宴卓の主座に就くうら若き女王の麗姿は燭光乏しき廃城の薄闇を圧して煌めくが如き風情であった。 「勿体無いお言葉にございます。 一層の奉公を以て幾久しく御厚恩に報いる所存」 主君より宴を賜る少年は、故国の宮廷で仕込まれた侍臣の礼式に寸分違わぬ規矩正しい所作を以て主君に(いら)える。 華奢な姿に似つかわしからざる武骨な物言いになってしまったのは主が諷した己の一年前の「頼もし」からざる姿をまざまざと思い浮かべてしまったが故であった。 卓上の燭に照らされる白い頬は俄かに薔薇色を帯び、気恥ずかしさを紛らわす適当な言辞も機知も持ち合わせぬ少年は勢いよく爵の菫水をあおった。 「顔が赤いぞ、暁 酒を振る舞うたつもりは無いが。熱でもあるのではないか?」 儀式づくめで育てられたらしい人間の王子(みこ)が垣間見せた飾り気のない稚気を愛でる『魔王』は意地の悪い笑みに花唇をつりあげ、冷たい手を少年の頬に添えた。 「な、陛下!お戯れを!」 突如ひやり、と走った感触と間近に迫った麗しき主の貌とに心臓が跳ねあがる。 少年はがたり、と椅子を鳴らして飛び退きかけた。 父王と傅役の訓育身に染むとも、妙齢の女人の悪戯に平静を保つ妙諦ばかりは心得ぬ。
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