月曜日の魔女

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月曜日の魔女

「なるほど〜! なるほどなるほど!」 彼女は、そう言うとにんまりと笑った。 「つまり、君は困っているんだね!?」 *** 雪が絶えないこの街は、いつもひっそりとしている。 動物の毛を使った防寒具を羽織り、身を寄せ合って語り合う。 マフラーの隙間からは、穏やかな笑みがこぼれる。 環境は厳しく、物資もほとんどない。街の真ん中にある教会から『奇跡』をもらうことで、なんとかやってきているありさまだ。 それでも、僕はこの街が嫌いではなかった。 「………あ」 そんな街の夜更け。 僕の好きな時間。 『奇跡』で灯された街灯が消え、誰もが等しく眠りにつく時間。 僕はひびがはいった陶器をぽかんと見つめていた。 白い、手のひらほどの円盤。 その内側に、雪色のチョークで陣が描かれている。 円の内側に、記号や文字らしきものがならんでおり、僕らはなんのことやらさっぱり理解できないが、その円を指でなぞると『奇跡』が起こる。 この陣ーー『紋』は、教会に属する人しか描けない、特殊なものだ。 それに今、深々と亀裂が入っていた。 「…………どうしよう……」 震える指で『紋』をなぞってみたが、振り子時計の音がいつもより大きく響くのみだった。 「もう、教会も閉まっているし……」 この『紋』がないと明日の朝困ることになる。 あの義父の怒号を、永遠と受けなければならない。 室内にも関わらず身に着けているマフラー。その上から首に触れる。 「………うぅ…」 ただ触れただけなのに、あの時の息苦しさが甦ってくる。 気道が潰れ、酸素が薄れ、意識が遠のいていく、あの感じ。 『この役立たずが!!』 鬼の形相で唾を吐かれた。 「………ッ!」 僕は外に飛び出していた。 思い切り吸い込んだ空気が、凍てつくように冷たい。 肺が凍りつきそうだ。 踏み出した足が、降り積もった雪に飲まれる。 それでも僕は走っていた。 街の灯りはない。 夜空に散る星々と、薄ら赤い月が道を照らす。 (教会…教会に……!) 「きせ、きを…! 僕に…『奇跡』を…!」 教会は街の中央にあるため、到着までそう時間はかからなかった。 「はぁ…はぁ……」 壊れた『紋』を持ったまま、教会の前で立ち尽くす。 勢い半分で来てしまったが、荘厳な雰囲気を前に、スッと気が落ち着いた。 教会は、ひたすらに大きい。この街一番の大きさと高さを誇る。 それだけ目立つ建造物なのに、きらびやかな感じは一切ない。 宝石やガラスをむやみに散りばめることはなく、細やかな模様が施されている。 「……すみません…」 冷静になったからといって、状況が変わるわけでもない。 助けを求めるように、戸を叩く。 「すみません…ッ! すみませんッ……すみませ…」 トントン、という音が、教会の内側に響いている感じはする。 同時に、むなしく響いているのもわかった。 やがて、腕を下ろし、『紋』を抱えてうずくまった。 (このまま帰っても起こられるだけだ……だったら、ここで、このまま…) 風が強くなってきた。 雪も降って、吹雪に変わる。 すでに積もっていた雪も巻き上げて、目の前が真っ白になる。 (手が…足が…冷たい……感覚も…なくなってきた…) 周囲にはもちろん誰もいない。 自力ではとても立てそうにない。 (疲れた……ごめん、父さん、母さん…。僕…頑張れないや…) 天国に行ったら、叱られるかもしれない。 それでも、あの男に怒鳴られるより、ずっとマシだと思った。 瞼は自然に閉じた。 次に眠気がきた。 寒いはずなのに、布団に入ったかのような安心感と、温かさ。そして、 「はぁ~~…君、あったかいねぇ」 耳元に、吐息。 「うわぁ!!!?」 驚いてのけぞるが、バランスを崩して倒れこんでしまった。 『紋』が描かれた円盤も、弾みで落としてしまう。 亀裂がさらに深くなってしまったかも、と焦る暇はなかった。 なぜなら、そこに黒い人が立っていたから。 先が尖った靴。丈の長いワンピース。薄めのポンチョ。癖が強い長髪。つばのある帽子…。唇までも、ぬらりと黒く染められていた。 「まっくろ……」 「あははッ! それは初対面の人間に言う言葉じゃないねぇ! 確かにそうだけど…かっこいいだろう?」 鼻を鳴らして僕を見下ろす彼女は、純白の吹雪に動じず、そこに君臨していた。 「は、はぁ…」 「なんだい、煮え切らないなぁ。……んん?」 僕の返事がお気に召さなかったのか、初めて視線を僕から外した。 黒い服を引きずって、僕の横にしゃがみ込む。 そこには『紋』が落ちていた。 ぱち、ぱち、とまばたきをすると、黒い口が弧を描いた。 「なるほど〜! なるほどなるほど!」 彼女は、そう言うとにんまりと笑った。 「つまり、君は困っているんだね!?」
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