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彼女が泣き止む頃には、空も丁度よく小雨になっていた。
「ひとまず、ここで話すのもなんだから、今の内に君の家へ行こうか。えぇと……」
「……すみません、名乗りもせずに。緑里です。深見、緑里」
「緑里ちゃんね、了解。保護者の方にも説明したり、状況とか詳しい話もしなきゃいけないからさ」
うん、と頷いて二人揃って立ち上がり、鞄で小雨を防ぎながら緑里の先導で小走りした。
幸いにも彼女の家はそう遠くなかった。玄関を開けると、タオルを抱えた母親が立っていた。
「ただいま」
「お帰り、急に降っちゃって大変だったでしょう? ほら、タオル。……あら? 後ろの方は?」
探偵です、と吾郎はまた懐から名刺を差し出した。
母親は受け取るなり娘を一瞥し、大方の事情を察したようだった。
「急にお伺いしてしまってすみません。あぁ、僕は自前のタオルがありますので、お気遣いなく」
吾郎は上着を脱いでビニール袋で包み、鞄の中へしまった。交代にタオルを出して、ズボンをくまなく綺麗にする。最低限、相手方に迷惑をかけないよう心掛けた行動だった。
「いえ、こちらこそ娘がすみません。緑里は風邪を引く前に、シャワー浴びてきちゃいなさい」
でも、と緑里が心配そうにするが、母親は「探偵さんとは私がお話しするから」と強引に押し込んだ。吾郎にとってもそれはありがたいことなので、「また後でね」と緑里に言葉をかけた。
緑里が浴室へ入ったのを確認した母親は、吾郎へ小声をかけた。
「逃げてしまった猫のことでしょう?娘が無理を言ってしまったようで、本当にすみません」
「無理だなんてとんでもない! よく受けるご依頼ですし、お気持ちはお察しします。天気もこんなですし、娘さんも心配なんでしょう」
深々と頭を下げあい、早速客間へ案内する。
吾郎は家に上がり、外観のみでなく内装も整った綺麗な家だなと感心した。案内された和室も、とても綺麗な状態を保っている。
「今、お茶をご用意しますね」
「あぁいえ、お構いなく。それよりですね、先に大人の事情……詰まるところ、報酬関係のお話をしてもよろしいでしょうか?」
吾郎の癖だった。お茶でもてなされるのもありがたいとは思っているが、それよりも未成年の前で金銭の話をするのが、個人的に嫌いなのだ。
「えぇ。……あら、娘に気を使っていただいてすみません。私ったらそんなことも気付かなくて」
「いえ、これは僕が気を遣うべき所です。それにこれは、僕の私的な流儀でもありますから」
吾郎は案内されるままの場所へ腰掛け、鞄から書類を取り出す。彼の鞄にはいつも、一通りの道具が収まっているのだ。
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