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母親も加わって話がまとまる頃には、すっかり雨音も止んでいた。広げた手帳にもびっしりと文字が詰まっている。
「さて、黒猫のクロウくん。赤い首輪に鈴付き。人懐っこい性格で、特技は指で指示をすると回ること……うん、充分な特徴だ」
「それじゃあ、あの、いつから探してもらえますか?」
パタンと手帳を閉じ、吾郎は慌てる緑里と母親へ微笑みかけた。
「当然、明日から探させてもらいます。まずは保健所へ連絡して、黒猫の確認ですね。それと、黒猫が来たら一旦連絡をもらうようにもお願いしておきます。
明日も緑里ちゃんがお手隙なら、是非一緒に確認をお願いしたいんだけど、どうかな?」
「はい、もちろんです! あ、ケータイ番号教えておきますね。学校が終わったら連絡します」
スマートフォンから持ち始めたであろう世代であっても、ケータイ番号と呼ぶのは両親の影響だろうか。そんな下らないことを考えるくらいには、吾郎の頭にも余裕が出てきた。
番号交換を終えると、吾郎は広げていた荷物をまとめ始めた。
「基本的に報告は毎日行います。ペット捜索は時間勝負で、早く探すのが鉄則ですから」
「日数が経っちゃったら難しい、ですか?」
緑里の不安そうな顔を見て、吾郎は反省した。今のは余計な一言だったかもしれない。
「早いに越したことはないっていう意味だよ。過ぎたからダメって意味じゃない。
心配しないで……と言いたいけれど、絶対の保証はしきれないのが事実だ。飽くまでも手助け程度にしかならない」
「けど、絶対に諦めない事は約束する」と真剣な眼差しで小指を差し出した。
見かけによらず子供っぽい事、と緑里は思った。しかし同時に頼もしくも思えたので、応えるようにぐっと小指を絡めた。
小指を離す頃には、緑里の不安も小さくなっていた。
「じゃあ、明日からまたよろしくお願いします」
吾郎は荷物を詰めた鞄を手に取り、腰をあげた。母親が先導し、その後に吾郎と緑里が続く。
玄関の扉を開くと、先程の雨ですっかり冷えた空気と鮮やかな夕日が差し込んできた。
「こちらこそ、娘の急な依頼を受けていただいてありがとうございます。この子、クロウがいなくなった日から元気もなかったもので」
「ちょっと、お母さん! それは余計でしょ?」
緑里は照れ臭そうに母親を小突く。
こうして親子らしい掛け合いができる程に仲が良いのは何よりだ、と吾郎はしみじみ思う。
「あら。怒られちゃったわ。でも依頼人のメンタルケアも大事な事ですものね?」
「そうですね。ご依頼主に笑顔になって頂けるのが探偵の勤めであり、なによりの報酬ですから」
少し恥ずかしい言葉だったようで、吾郎は首もとをさすった。
「それでは失礼します」「よろしくお願いします」と全員が一礼を交わし合った。
吾郎は振り返る様子もなく、姿を小さくしていった。
「さて。そろそろお父さんも帰ってくるから、ご飯作らなきゃね」
「うん、手伝うよ。それと、お父さんが帰ってきたら、ちゃんと私から説明する」
母親は豆鉄砲を食らったような顔になった。緑里が父親へ直接申し立てたのは、過去に一度の事だった。
そしてそれもやはり、拾ってきたクロウを飼うときの事だった。
「お金とかはお母さん頼りになっちゃうけど、依頼人って一応私でしょ? だったらお父さんにも、私がちゃんと説明する」
夕日に照らされた娘の顔がすこし大人びて見えて、母親にはそれが堪らなく嬉しかった。
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