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町から離れ、森林が多く見え始めた所に保健所はあった。それもわざと人里から離しているのだろう。
駐車場に車を停め、受付へと向かう。吾郎が名前を伝えると、係員も暖かく迎えてくれた。
「お伺いしております。こちらからお入りください」
係員についていくと、鉄格子越しに動物がいる部屋へ着いた。ひとつの檻に一匹ずつ入れられているものや、数匹がまとめて入れられているものもいた。動物の多くは犬や猫だが、中にはケージに入れられたハムスターもいる。
それら一匹一匹が悲痛な声で鳴き、居るだけで胸が締め付けられる空間だった。
「あまり長居はよくないかもね」
「はい……ちょっと、辛い場所ですね」
緑里もその異様な雰囲気を肌身で感じていた。
早速、身近な所から覗いていく。逃げた当初は赤い首輪をしていたが、どこかで外れてしまった可能性もある。首輪に特徴としての信頼性は、もはや薄い。
「もうこうなると、飼い主さんの目と気持ちが一番確実性が高いからね。逆に言うなら、僕だけじゃきっとわからない」
「私も正直、首輪がないそっくりさんがいたら見分けるかはわかりません。……でも、もしもこの中に居るんだったら、早く助けたいです」
「よし、じゃあ始めようか」
吾郎は手袋を差し出した。緑里は静かに頷いてから、それを手に取った。
そこからは地道な作業だった。黒猫を係員に檻から出してもらい、確かめては戻してもらう作業の繰り返し。終われば別の檻と移動し、また同じ作業をする。
そうして時計のない部屋で、ただ時間を潰していった。
「違う……すいません、次の子をお願いします」
「ちょっと待って。今日はこれくらいにしようか」
吾郎が腕時計を見ると、もう6時近くになっている。本人の希望とはいえ、遅くまで未成年である緑里をあまり遅くまで連れ回すのはあまりいいことではない。
そして何より、この作業で緑里は精神的に消耗している様子だ。『もしこの中にいれば、もしも見逃してしまえば』と追い詰められてる事は、様子を見ても明らかだった。
「大丈夫です、遅くなっても。二宮さん、今はそれより」
続けようとした腕を掴んで止める。そうされてようやく、緑里は吾郎の方を向いた。
「……悪いけど今の君は大丈夫じゃない。そんな疲れきって追い詰められた状態じゃ、わかるものもわからなくなる」
真っ直ぐに自分の言葉を否定され、緑里は驚いた。大丈夫だ、と言っていれば作業を続けられると思い込んでいたのだ。それが否定され、半ば強制的に止められるとは思いもしていなかった。
吾郎も、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。一刻も早く見つけてあげたいという気持ちと、彼女の状態を天秤にかけての発言だった。
緑里はそれを汲み取れない人ではなかったが、切羽詰まった頭では物事の優先順位がわからなくなっていた。
「でも、クロウが──」
「クロウだってお母さんだって、君のそんな状態を望んでないだろう」
うぅ、と静かに声を漏らした。頬をつたって、冷たい床に涙が落ちる。
誰かの涙は、どうしても吾郎の胸には刺さる。今のは言い過ぎだったかと反省をするが、今の彼女にとって必要なことだと飲み込む。
吾郎は始めて会った時のように、自分の上着を緑里へ重ねた。そうして上着越しに背中を優しく擦りながら、語りかける。
「焦る気持ちも、続けられないのが悔しいのもわかる。だけど忘れちゃいけない本質は、ちゃんと見つけることだ。ちゃんと見つけるには、集中力も落ち着きもいる」
「わかってる……わかってるけど」
「君はこうして、今出来ることをやった。君が今日見たのは……今週中には処分も控えている動物たちだ。そこにいないことを確認したのなら、君は既にひとつやり遂げているんだよ」
「ここは元々辛い場所だ」と吾郎は続けた。
こうして話をしている間も、動物たちの悲鳴が耳に届いてくる。
係員も疲弊した顔で、帽子を深く被っていた。
「さぁ、帰ろう」
吾郎が手を差し出すと、緑里は喉の震えが治まってからその手を取った。
係員に礼を言い、吾郎たちは保健所を後にした。
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