探偵 二宮吾郎

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「──祖父は去年に亡くなったんです。その時はクロウも近くにいて、何度も寂しそうに鳴いていた」 助手席に座る緑里が、ぽつりと言葉を溢した。ハンドルを握る吾郎は、一言さえも聞き逃さないようにした。 「ずっと祖父から離れないものだから、私がクロウを抱えたんですが、珍しく暴れて私の腕からも抜けていったんです。それで、亡くなってしまった祖父の足元で、ずっと呼ぶように鳴いていた……」 「きっと亡くなってしまったことも、わかっていたんだね」 緑里の瞳に、通りすぎていく外灯が揺れる。 すっかり暗くなった外には、人の姿も少なくなっている。 「葬儀が終わっても、祖父のいた部屋にずっと座っていて……最近なんです。やっと前みたいに、リビングにも来てくれるようになったのは」 鼻をすする音も息を呑む音も、今の車内にはよく響く。無駄な言葉や音はなく、ひとつひとつが重たい。 「だから、居なくなっちゃったのはもしかしたら、私たちが嫌になっちゃって……もう、家に居たくなかったのかなって」 緑里は言葉を失い、深く屈み込む。 吾郎には「居なくなったのは自分のせいだ」と言っているように聞こえた。だからこそ吾郎は、運転の片手間に胸ポケットからハンカチを差し出した。 「僕はクロウじゃないし、猫の言葉もわからない。けどきっと、それは違うと思うよ。 もし嫌だったなら、もっと前に居なくなっているはずだ」 「でも、それだけじゃ否定もできない。そう思うのは、自分勝手な事」 「うん。だけど、嫌だから居なくなったって肯定もできないよ。それだって自分勝手だ。 君は今までずっと、クロウを大切にしてきたと思う。お祖父さんが居なくなって寂しがっているクロウに、君はちゃんと向き合ってきたと思う」 緑里は思い出す。 元気のなくなったクロウの為に、新しいおもちゃやフードを探し回ったことを。沢山の時間をかけて仲良くなれた日のことを。その甲斐もあって元気になったクロウの姿を、その喜びを。 その日々どれもを否定するのは違うと、自分の中に違和感が現れた。 また抑えきれない涙が溢れていく。 「……なんで、どこかにいっちゃったんだろう…………また、会いたいよ」 「それでいいんだと思うよ。その素直な気持ちだけで。だからその為に、また明日も頑張るんだ」 車がゆっくりと止まる。 そこは喫茶店『ブラン』の裏の駐車場だった。 「もう君だけじゃない、僕たちで探すんだ」
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