探偵 二宮吾郎

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探偵 二宮吾郎

季節外れの夕立が、彼女の胸中の不安をより大きなものにした。 濡れる髪も泥まみれの制服も気にせず、ただ一心不乱に川原を走る。雨音に負けじとなにかを叫んでは、また走り出す。そうしていると彼女は大きな橋のふもとにたどり着いた。 橋の下へ入ると、一人の男が座っている。その男は彼女が近づいたことに気がつくと、手を上げて挨拶をした。 「やぁお嬢さん、こんな天気の日にどうしたんだい?」 浮浪者かと思ったが、そうではないらしい。その男は細めの体格で全身ずぶ濡れではあるが、整った服装と生気のある顔がそれを物語っている。荷物は少し大きめの鞄だけだ。 しかし相手がどうであれ、彼女は今、誰かと話をできる精神状態ではなかった。何も居なければ、それだけで今の彼女には充分だった。それでも男は一方的に言葉を投げかけ、彼女を引き留めた。 「僕はもう疲れきってしまったよ。ちょっとした探し物をしていたんだけどね。今日はもう仕切り直すべきだと、この雨に言われている気がしてならないよ」 男の声はけして大きくはなかったが、雨音に消されることなく彼女の耳に届いた。その話す内容の呑気さがまた、彼女の胸中を荒らしていった。 「なぁに、季節外れの雨だから。今日一日……早ければ日が沈みきる頃には止むだろうから、それまでの辛抱だよ」 「……私はそれでも探すしかないんです」 目の前であけすけに心境をべらべらと話す男につられて、彼女は胸中に溜まっていたものを吐き出した。 「雨だろうと何だろうと、私は自分の足で探すしかないの。人じゃないから、動物だからって警察は動いてくれない! 私たちにとっては……大切な家族なのに!」 彼女は雨と共に、涙を流した。 怒りもあっただろうが、不安が大きかった。こうしている間にも雨は降り続けている。心細くても、辛くても、動けるのは自分一人しかいないのだと。 「あなたが誰で、何をしているのかは知りません。だけど、私の邪魔はしないで下さい」 「……うぅん、なら手助けはしてもいいのかな?」 男の言葉に、彼女は固まった。突き飛ばすつもりで吐いた言葉に食いついてきたのが、彼女にとっては予想外の事だった。 男は胸元のポケットをまさぐり、一枚の名刺を差し出した。 「僕は二宮(ふみや)吾郎(ごろう)。探偵をやっているんだ」 手渡された名刺には確かに二宮(ふみや)探偵事務所と印字されている。 渡りに船、ご都合主義のようなこの状況を、にわかには信じられるはずがない。しかし今の彼女は、藁にもすがりたい気持ちだった。誰でもいい、助けて欲しいというのが彼女の本音だった。 その気持ちに応えてくれる人がいた。それが今の彼女にとっては、何よりも嬉しかった。 「探偵さん……。助けて……助けてください! あの子を、一緒に探して!」 必死で絞り出した本音に自ら耐えかねて、彼女は身を屈めてしゃくりあげた。 吾郎はただ静かに、濡れたジャケットを重ねることしかしなかった。
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