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「きっと、あの子達の学校はここね」
子ども達を送り出したあと、近場で大騒ぎが起きていたところに向かったら、それは正解──当てたくも無かったけれど──だった。
白黒のパトカーと救急車のパトランプはうるさくひかり、その周りには野次馬根性をみせた人々、叫び声とも悲鳴ともとれる声は響きわたり、上空にはまた別の五月蝿さを見せるヘリコプターの羽音が響く、よもや一種の『地獄』のようであった。
「大丈夫ですか! 大丈夫ですか!」
校舎の中から一人、大きな切り傷を受けた大人の男のひと──傷や血が付いてなければ、綺麗なスーツ姿であったのだろうに──が運ばれて来て、救急車両に乗せられていく。
「……あの人はたぶん大丈夫。なら」
今、私がすることは。
「……もしもし、聞こえますか」
青いビニールを被せられた人……だったものに話しかけること。
「聞こえますか。声を聞かせてください」
周りに見られていたら、完全な不審者として見られるだろうけど、そもそも普通の人に私は見られないのだから気にすることではない。
「……あ」
「気がつきましたか」
「僕は……いったい」
「残念ですが、あなたは」
「死んだのですね」
「……はい」
素直に受け止めることができるのは、それはそれで進みやすいのだが、これに関しては……喜べない。
「それで……」
「どうしました」
「子ども達はどうなりましたか」
その答えはとても、辛い。でも……。
「……何人かはここに来る前に見ました。それは喜べることではありません」
「……そう、ですか」
かけるべき言葉が見つからない。自分の命を懸けてまで護ろうとしたものが、護れなかったのだから。
「それで、僕はどうなりますか? あの子達とまた会えますか」
「会うことはできます。行き先はおそらく同じですから。ですが、一緒にいることはできないかもしれません」
「……それは、どうして?」
言いたくない。でも……
「……親よりも先に死んだ子どもは、冥界に行くことができず、賽の河原……三途の川の河原に留まると聞きますので」
「……なら、大丈夫ですね」
「どうしてですか?」
「僕もまだ両親が生きているので、広義にはまだ『子ども』なんですよ」
「怖く……ないのですか?」
「ええ、まったく」
あまりの速さに驚いてしまった。
今まで送り出した人達は少なからず死後の世界を『恐れていた』のが多かった。自分の知らない世界に行くのはとても怖くて、不安で、できるだけ無縁でいたい、多くを送ってきた私でさえそうなのだから、経験したことの無い人ならなおさらだろう。
それなのに、この人は……何が彼をそうさせているのだろうか。
「あの、失礼ですが」
「どうしましたか?」
「いくつか、質問させてください」
「はい」
「あなたは、なぜ怖くないのですか? これからいく先は、あなたが聞いたことも見たこともない、そのような世界なのですよ」
その答えは、私にとって予想もできないもので、彼の心の強さそのものであった。
「もちろん、怖いですよ。でも、あの子達がいるのでしょう? なら大丈夫です」
「あの子達? でもあの子達はまだ子どもですよ?」
「ええ、僕がこの仕事を選んだ理由ですから」
「理由……ですか?」
「はい。必ず、子ども達の未来を守って見せると……結局守れてはいなさそうですけど、それでも僕は平気です」
「そうですか……それは失礼しました。最期にもう一つ良いですか」
「はい」
「あなたは、後悔していますか? 何が未練があったりしませんか?」
「あったかもしれませんが、今はもう平気です。まだやることができましたので。」
「……分かりました。それではあの子達のもとへ案内します」
そして、寝そべっていたままの彼を起こして、子ども達へのもとへと送り出した。その顔はたついさっき事件に巻き込まれたとは思えないほどまぶしい笑顔であり、その明るさに私は直視できなかった。
彼らが行った後、一人残された私に、たった一つの、そしてとても強い一つの感情が久しぶりに沸き上がった。
──ゆるせない──
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