唐突に悪役令嬢的な何かを書きたくなったので試しに書いてみた悪役令嬢が出てくる感じの百合

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 白亜の宮殿を思わせる佇まいの校舎の東の端にはあまり人が訪れない温室があった。  何年か前までは園芸部というものが存在してその温室の花を管理していたらしいのだが、園芸部が廃部になると同時に廃れていき、人も寄り付かなくなった。  もしもこの学園が一般的な学校であったのならば、そこは不良のたまり場になっていたかもしれない。しかしほとんどが格式の高い家柄の生徒なので、少なくとも表立って問題沙汰になるような愚かな真似はしない。  そんな温室に変化が現れたの三カ月程前からだ。  この学園には毎年数人の一般人が入学する。そんな一般人は、たいてい分をわきまえて人目に触れないようにおとなしくしている。ところが今年入学したあの娘は違った。  誰彼構わず愛想を振りまき、辛辣な言葉やあからさまな侮蔑も笑顔で受けながす。そして人が見ていないところでも努力を怠らない。  そんなあの娘が昼休みや放課後に足しげく温室に通い、少しずつ手入れを続けたおかげで、温室はかつての華やぎを取り戻した。  上品な世界しか見てこなかったお坊ちゃまたちは、珍獣のあの娘に興味を抱きはじめている。  人気のない温室に、あの娘は男子生徒と二人で花を愛でていた。  男子生徒はこの学園の二年生で端正な顔立ちと穏やかな性格で人気を博している。そして幼い頃、私と将来を誓い合った人だ。  彼は一輪の花にそっと手を触れやわらかな笑みを浮かべてから、あの娘を見つめて何かを話していた。 「キミがひとりで手入れをしたのかい?」  多分そんなことを言っているのだろう。  あの娘はバラ色に頬を染めて俯いた。私はギリリと奥歯を噛みしめる。  幾度となくあの娘に立場というものを教え込んできたのにいまだにそれを理解していないように振る舞う。  スポーツ万能で笑顔が幼い子どものようだと年上の女生徒にチヤホヤされている一年生の男子。  国際大会にも出場して将来が嘱望される繊細なピアニストの三年生の男子。  頭脳明晰でクールな言動で注目を集める生徒会長を務める三年生の男子。  学力や運動は人並みだが明るい性格でムードメーカーの二年生の男子。  自身の境遇に屈折した思いを抱き斜に構えているけれど根底のやさしさを拭えない一年生の男子。  あの娘は学園内で女生徒の人気を博すこれらの男子生徒の目を奪っていく。  お腹の奥から沸々と煮えたぎる苛立ちが湧き起こる。  誰にも負けない家柄と美貌と頭脳、そのすべてを備える私が負けるはずがない。それを思い知らせてやらなければいけない。  温室の二人の姿を盗み見て、私は改めて心に誓った。 ==SAVE== ==SHUT DOWN==  一瞬辺りが暗くなった後、すぐに明るさが戻る。  背後でザリッと砂利を踏みしめる音がして慌てて振り向いた。  そこにはあの娘が立っていた。  私よりわずかに低い場所にある両の目が真っすぐに私を捕らえている。のぞき見をしていた気まずさから咄嗟に言葉を紡ぐことができなくなっていた。 「また、覗いてたんですか?」  彼女は他の誰にも見せたことのない意地悪な笑みを浮かべた。 「た、たまたま、通りかかっただけで……」 「嘘つかないでください。そんな顔で言っても信ぴょう性がないですよ」  彼女にそう言われて私は慌てて両手で頬を抑えた。 「嫉妬してたんですか?」 「べ、別に嫉妬なんてしてないわよ!」  私はそっぽを向いて否定する。すると彼女の手がスッと私の顔に伸びてきた。そして私の手ごと包み込んでグイッと私を引き寄せる。 「これはゲームですよ? 私たちはプレイヤーを楽しませるためにそう演じているだけです。わかっているでしょう?」  私は俯いた。 「わかってるけど……」 「本当にかわいい。これからもプレイヤーを欺いて、私をイジメる悪役令嬢を演じ続けてくださいね」 「だけど、私、本当は……」 「わかってますよ。だけど本当にかわいいあなたを知っているのは私だけでいいです。ね?」  私の瞳を覗き込む澄んだ黒い瞳に私は吸い込まれるように顔を寄せた。    おわり
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