朝にはきっと、愛してるといえる

1/1
11人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ

朝にはきっと、愛してるといえる

眠れない。 その原因を想い、私はきつく眉を寄せた。 嫌いだ。 眠れなかったことなど、これまで幾夜もあった。 けれど今夜は特別、眠れそうにない。 感情の高ぶりが私を眠気から遠ざけている。 一人なら起き出してココアでも飲んでいるところだが、今夜からはそうもいかない。 私は眠るために無理やり目を閉じ、音を立てないように静かにゆっくりと呼吸をした。 秒針の音がするから、この部屋にはデジタル時計しか置かないことにしたのを思い出した。 静かだ。 あまりにも、静かすぎて、怖くなった。 灯りのない部屋の中で、耳をすました。 心臓が激しく脈打つせいで音が聞きづらい。 だめだ。もっと静かにしなければ。 小さな呼吸の音を聞きもらさぬように、限界まで自分の呼吸音を落とした。 でも、まだ足りない。 私は、眠る子の口元にそっと手を伸ばした。 手の甲に感じる、暖かな息。私はようやく安堵した。 よかった。 生きている。 部屋を明るくすれば、心地よく眠る穏やかな顔が見えるだろう。 退院したばかりの小さな命が、やっと私のもとに帰ってきた。 冷凍した母乳を病院に届けた毎日が、終わったのだ。 子を育てたいと叫ぶ本能が、赤い血を白い食料に変え、出口を求めて暴れ、熱を生み、私を苦しめた。 その度に、誰もが当たり前にできることができなかったと、責められているように感じた。 嫌で嫌でたまらなかった。 だからきっと、この子が退院したらこんな気持ちの日々が終わると思っていた。 みんなから、おめでとうと言われた。 看護師長さんは何度も何度も良かったと言って、涙ぐんでいた。 おめでとう……良かった……本当に、そう? 私は怖かった。 病院から出るのが不安で仕方がなかった。 空気中には様々なウイルスが飛んでいるし、ドアの取っ手は雑菌だらけだ。 野菜ジュースのペットボトルと、ほぼ同じ重さで生まれたこの子は、無菌の清潔な部屋で24時間見守られてきたのだ。 そんな小さくか弱い命を、私は守ることができるだろうか。 医師が、看護師が、ずっと守り続けてきてくれた命を、損なわずに育てていけるだろうか。 聞こえる静かな呼吸音。 指先に絡む柔らかな髪。 触れることも怖くて、抱きしめるなんてとてもできそうにない。 腕の中に乗せておくのが精一杯の、柔らかくて小さないきもの。 怖い。 怖いから、あなたが嫌い。 柔らかなほほ、時々もごもご動くくちびる。 大切だからこそ、嫌いでたまらない。 あなたが嫌い。 こんなな小さくて弱い命の隣でなんて、怖くて眠れない。 生きて、育って欲しい。 もっと大きく、もっとつよく。 あなたが何より大切だから。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!