夏の海辺

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夏の海辺

赤は今でも苦手な色だ。 きっかけは鮮明に覚えている。 小学2年の時だった。 夏本番になる前の7月中旬、私は三連休を、家族と関東近郊の海辺で過ごしていた。 滞在した民宿の主人とは、家族ぐるみで仲良くなったのだが、特に意気投合したのが、年の近い「なっ君」だった。 1日目、2日目、なっ君と共に楽しく遊び回り、いよいよ明日帰るという2日目の夜に両家族で花火をしよう、という話になった。 夜になり、皆で外へ手持ち花火を持ち出した。子供たちは花火、大人は酒と肴を楽しむ。 しかし、楽しい花火は次々と兄や相手の家の上の子に取られてしまい、私となっ君は段々と飽きてきた。 仕方なく、なっ君と線香花火を2本ずつと、小さな蝋燭を持ち、家族で遊んでいる場所から少し離れた所へと移動した。 ここなら少しも邪魔されない。 なっ君が蝋燭に火をつけると、穏やかな灯りの奥に、黒く呑み込むような海が眼前にひろがった。 少し怖かったが、線香花火に火を点けて、弾けるのを楽しんだ。 その時だった。 「ねぇ」 何処からともなく、声がした。 私は思わず辺りを見渡す。 しかし、黒い砂浜には、誰の姿もない。 遠くに、家族が遊んでいる姿が見えるだけだ。 「どうしたの?」 なっ君が心配そうに私の顔を覗き込んだ。 「ううん、何でもない」 そうこうするうちに、2人の1本目の花火が尽きた。 早いなぁ、と思いつつ2本目に火を点け、顔を上げる。 なっ君の後ろ、その暗闇に、首を傾げ、大きく口を広げて笑った女がしゃがみ込んでいた。 印象的なのはその目と口だった。 口は開いた先が真っ赤に染まっているのが見て取れた。また、目は白眼の部分が、充血どころじゃない、アクリル絵の具で塗ったかのように真っ赤だった。 異様な光景に、言葉を失っていると、私の様子を心配したなっ君が声を掛けてきた。 「さっきから大丈夫?お腹痛いの?」 違う、と返事しようとした時、なっ君の後ろにいた女の口が、Oの字に変わり、そこから、言葉が出た。 「ねぇ、私も、連れてってよ」 妙に高低差のある声だった。男女が交互に言葉を紡ぐようなその音を聴いた時、私は弾かれたように家族の元へ走った。 泣きながら走り、母親に「何処行ってたの?」と怒られたのも構わず、「女がいた!」と伝えようとした。 だがそこで、はたと気付く。 なっ君をあの女の側に置いてきてしまった。 私は必死で「なっ君が危ない!」と言い続けた。 しかし、相手の親と私の親は困ったように顔を見合わせると言った。 「なっ君て、だぁれ?」 後から聞いたのだが、その海岸付近では「お盆には海に近づいてはならない」という俗信があり、その三連休はちょうど、その地域のお盆だったそうだ。 彼が誰だったのか、あの女が何だったのかはわからない。 ただ、あの一件以来、私は赤を見るのが苦手になってしまったのだ。
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