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度が過ぎれば碌な目に遭わない
日付が変わろうかという頃、昂大もいい加減ゲームに飽きてきて、コップの中身をチラリと確認した。もう随分と前に空になっている。
コントローラーを投げ出すと、こちらも空になっていたポテトチップスの袋を丸め、コップを持って部屋を出た。
(そろそろ新しいゲーム欲しいなぁ……でも、お年玉なんかもうないし、小遣いじゃ足んないしな)
所有しているゲームソフトはもうほとんどが二回以上クリアしたものばかりだ。やり込む派の昂大だが、流石にそろそろ飽きてきた。
(成績上がったら買ってくれるとか――ないかな。無理かな)
中学一年生の二学期の期末で、二十位以内に入っていたら携帯電話を買ってくれると言われ、猛勉強し、念願の携帯電話を手に入れた。それ以来、特にそういったこともご無沙汰になっているので、なにか買ってくれるかも知れない。
但し、今の昂大では、どう足掻いても二十位以内は無理だ。せめて八十位とかにしてくれないだろうか、と甘い考えを夢想しながら階下に向かう。
兄の部屋の前を通ると、また少しだけドアが開いていた。通り過ぎながら横目で見ると、パソコンに向かってなにかしている。どう見てもレポート作成だ。
うえ、と心中で舌を出しつつ、階下へ駆け下りた。
馬鹿だ、あの兄は。なんでそんなに朝から晩まで勉強ばっかしていられるんだ。
キッチンでコップを洗ってから洗面所に行き、歯を磨く。歯医者は行きたくないから、こういうところはきっちりしているのだ。
「タカぁ。歯ぁ磨いたか?」
再び部屋の前を通ろうとすると、足音で気づいた匡一が声をかけてきた。
いい加減少しうんざりした気持ちで、昂大から溜め息が零れた。
「兄貴……オレ、もう中三だから。そんなこと言われなくても出来るくらい大人だから」
あんまり子供扱いしないでくれよ、と斜に構えて言うと、ふっと匡一が笑う。
「セックスに興味持つくらいだもんな」
この切り返しには、昂大の方が面食らった。
書きかけていたレポートのデータを保存すると、呆気に取られている昂大に振り返る。
「どうした?」
揶揄うような悪戯っぽい瞳で、匡一は戸口に立ち尽くした弟を見つめた。
馬鹿にされたことに気づいた昂大は、頬をサッと朱に染め、ドスドスと足音荒く部屋に入った。
「悪いかよ」
開き直って言うと「別に」と軽い声音で返される。
「そういうお年頃だもんな、中坊」
「!」
ますます嫌味な言い方だ。いい子ちゃんな兄にしてはこんな辛辣な物言いは珍しい。
どうしたんだよ、と尋ねると、さあ、と兄は笑った。こういった態度もまたかなり珍しい。
「……優等生な兄貴にしては珍しく、オレを馬鹿にすんね」
「お前が始めだろう?」
そう言ったかと思うと、昂大は腕を引かれ、抗おうとたたらを踏んだところを逆に突き飛ばされ、ベッドの上に引っ繰り返った。
「……痛いな! なにすんだよ、クソ兄貴!」
ベッドはスプリングが利いていたが、その反動で首のあたりがガクンと強く揺すられ、それが痛かった。
「訊いただろう、お前が」
起き上がろうとしたところを上から押さえつけられる。成長期がほとんど終わった長身の兄と、まだ成長途上の小柄な弟には当然の体格差が存在して、難なく抑え込まれてしまう。
なにをするんだ、と悪態をついて睨めつけるが、優位に立つ兄には何処吹く風。
「セックスは気持ちいいのか――自分で体験すればいい」
そう言うと、匡一はにっこりと微笑んだ。
なにを言われたのか――昂大には一瞬理解出来なかった。
そんなことはわかっている。いずれ昂大にも彼女が出来て、その子とそういう関係になる日も来るだろう。けれど、彼女どころか気になる女子もいない昂大にとって、そんな経験は遥か未来の話に他ならない。
きょとんとしている昂大に視界が、急に陰になる。
「――…んぅ、んん!?」
くぐもった声が零れた。
大きく見開かれた視界に、確かに兄の姿があった。けれど、それは焦点の合わないくらいに至近距離にあるようで。
昂大は益々混乱した。
息苦しさを感じたとき、はっきりとその姿を認識出来る距離まで、匡一が離れた。
はっはっと苦しさから弾んだ呼吸を、わけもわからないまま整えようとする。呼吸を治めながら兄を茫然と見上げると、彼は艶々と光る唇をぺろりと舐めて微笑んだ。
昂大の両腕を抑えつけたまま、匡一は眼鏡を軽く持ち上げる。
「さあ、勉強の時間だ。昂大」
その声に、昂大は自分の身になにが起ころうとしているのか、静かに悟った。そして、青褪めた。
「な……っなに言ってんだよ、兄貴! なに上手いこと言ってやったみたいな顔してん!?」
なんとか罵声を浴びせたが、それ以外はただはくはくと唇が開閉されるだけで、言葉は出なかった。
人間、あまりにも驚きすぎると、こういう風に言葉を失ってしまうものなのだな、としみじみ考えてしまうくらいに、昂大の頭は今のこの状況を現実のものだとは認識しきれていなかった。
だって、こんなことあり得ないと思わないか。あのクソ真面目な兄が、なにか馬鹿らしいことをドヤ顔で言い、しかも弟である昂大をベッドに押し倒しているのだ。非現実的だ。
匡一はニヤリと笑って、混乱から抵抗らしい抵抗も出来ないでいる憐れな弟を見下ろした。
「勉強は、勉強だろう?」
但し、教科書には詳しく記載されていない内容だが、と零すと、可笑しそうにくつくつと喉を鳴らした。
わあ、と昂大は悲鳴を上げた。
「ふざけんな! オレ達、男同士だから!」
「知ってる」
「知ってるなら離せよ! 無意味!」
「そうでもない。実地でやっても、子供が出来なくていい」
うん、と自分の言葉に納得するように頷くと、昂大のスウェットの裾に手を差し入れた。
ひんやりとした手が直接脇腹に触れ、昂大は竦み上がる。おぉい!と悲鳴染みた声を上げて暴れた。
「酒でも飲んだのかよ、兄貴! さっきから変なこと口走ってるじゃんかよ!」
この可笑しな言動には見覚えがある。酔っ払ったときの父のそれとそっくりなのだ。
両親がいないからって少しハメを外しすぎだろう、と昂大が睨むと、いいや、と匡一は首を振る。
「まだ未成年だぞ。飲むわけないだろう?」
「じゃあ、これはなんだって言うんだよ!?」
今のこの状況は、兄が酔っているからやっていることだとしか思えない。それくらい信じられないものだ。
しかし、いいや、と匡一がまた首を振る。
「すべて俺の意志だよ、タカ」
ひんやりとした匡一の掌が、昂大の平らな胸を撫でた。そうして、その冷たさに震えて微かに勃ち上がった小さな乳首をきゅっと抓んだ。
ひっ、と昂大から小さく悲鳴が零れた。
混乱の中に僅かに恐怖と不安の色を滲ませる弟へ、匡一はふんわりと微笑む。
「俺は、ずっとお前のことを――抱きたかったんだ」
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