白い狂気に囚われて

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白い狂気に囚われて

 妙な浮遊感を感じて、昂大(たかひろ)は目を覚ました。 「……あれ?」  開いた視界にオレンジ色の光りが広がる。それが電球の光りだとは程なくして認識し、その形状に風呂場のものであると記憶が訴えた。 「目が覚めたか」  なんで風呂、と一瞬混乱していると、兄の声が響いた。  お互いに裸だった。風呂場にいるのなら当然のことだが、この年齢になって一緒に入るような習慣はない。 「丁度いい。そっちの壁に手を突いてろ」 「はあ?」  なんで一緒にいるんだ、と記憶を手繰ろうとすると、匡一(きょういち)が淡々とした声音で指示した。いつもの兄だ。  嫌だ、と反抗する間もなく、兄によって壁に手を突かされる。振り返ろうとしたところにシャワーをかけられた。 「……っ、ヒッ!」  思わず声を詰まらせ、竦み上がる。  匡一の手が、昂大の臀部を割ってその間の窄まりに触れたのだ。  その瞬間、昂大はすべてを思い出した。曖昧だった目を覚ます前までの記憶が、鮮明な映像となって一気に押し寄せてくる。 「やだ、兄貴……」  匡一の指先が身体の中で蠢いている。かけられているシャワーの微妙な温さと相俟って、全身に震えが奔った。 「ジッとしてろ。掻き出さないと腹を下すから」  なにを掻き出すというのか、という一瞬浮かんだ疑問は、太腿の内側を伝い落ちたお湯とは違う感触のものにすぐに氷解した。  肉壁を擦られる疼痛と不快さ、そして込み上げてくる別の感情に、昂大は震えながら堪える。唇はきつく噛み締めていないと変な声が出てしまいそうで、その不安を打ち消そうとするように上から更に掌で覆って堪えた。  中に残る己の残滓を掻き出す為に、匡一の指が直腸内を這う。それが先程の行為を想起させ、昂大は自分のペニスが震えるのを感じた。あれだけイかされたというのに、まだそんな元気があったのか、と自分自身を恨めしく思う。 「もういいか」  粗方掻き出したことを見て取ると、匡一はようやく指を引き抜いた。我慢しきれなくなった昂大が、その場にズルズルとへたり込む。  力なく浴槽の淵に身体を凭れさせている昂大の腕を引き、匡一はシャワーの温度を調節する。今度かけられたのは先程より少し熱くなっていて、心地いい温度だった。  汗と精液に汚れた身体を清めると、肩の下に腕を通され、逆の腕が膝裏に当てられ―― 「なっ、立てるよ!」  中学三年生にもなって、お姫様抱っこをされて運ばれるなんて冗談じゃない。昂大は頬を赤らめた。 「ふらついてて危ない。黙っていろ」  暴れようとする弟をぴしゃりと制すると、そのまま抱え上げて浴室を出る。  湯上りの身支度用に置かれている籐椅子の上にはタオルが敷かれていて、そこへ昂大は座らされる。不貞腐れたように唇を尖らせる弟には見向きもせず、腰にタオルを巻いて別のタオルを取ると、匡一はそれで昂大のことを拭き始めた。  湯上りの始末くらい自分でも出来るというのに、昂大はなんだかそんな気力が起きなかった。浴室の中では大丈夫と言ったが、よくよく感じてみると全身がひどく怠くて、腕を上げるのさえ億劫だ。今はされるがままにしておく。 (兄ちゃんにこうやってもらうの、いつ以来だっけ……)  髪をタオルで拭われながらぼんやりと考える。あの頃はもっと小さくて、兄の手もこんなに強い力ではなかった。  よし、と匡一が頷く。ぼんやりしているうちに、拭き終わったらしい。別のタオルを出して自分の髪を拭き始める兄を見上げ、昂大は小さな声で「ありがと」と呟いた。  匡一は一瞬動きを止め、意外そうな顔をして弟を見下ろした。 「な、なんだよ」 「いや……素直だな」 「別に」  言ってしまってから、変だよな、と自分でも感じていた。もう何年もこういう風に礼を言ったことはない。  ふいっとそっぽを向きながら、着替えを探す。  脱衣籠の中は空で、戸棚の中にもなにもない。視線を泳がせて洗濯機の上なども見てみるが、特に見当たらない。足許の床にもだ。用意をするのを忘れたのだろうか。  今は湯冷めをして風邪をひくような時期ではない。部屋に戻って着替えればいいか、と昂大は思った。  その思考を遮るように、匡一の手が昂大の身体に回される。 「……なに?」  四つん這いのような体勢にされた昂大は驚き、兄を振り返る。なんでこんな格好をさせられなければならないのか。  匡一は手に持った小さなチューブのキャップを開け、それを昂大の尻に近づけた。 「! や……ッ!」  肛門になにか冷たいものが入ってくる。先程までシャワーを浴びせかけられていて温まっていたこともあり、余計に冷たく感じた。  気持ち悪かった。けれど、身体に力が入らず、自分を支えるだけで精一杯の今は振り払うことも出来ない。 「兄貴、なに……」  不安に思って尋ねる。また先程のハンドクリームでも入れられたのだろうか。 「父さんの買い置き」 「の、なに?」  匡一は黙った。昂大は更に不安になる。 「起きても、いい?」  肛門の方から腹の方へかけて、冷たいものが広がっていくような気がする。ぞわぞわした。  いいよ、と匡一が頷き、昂大の上半身を起こさせてくれた。  いったいなにをされたんだろう、と不安になって兄を見上げる。兄はいつも通りのポーカーフェイスで、今使ったと思われるものと、それが入っていたのであろう空き箱を片付けていた。  その外箱に書かれていた文字が見え、昂大は目を見開いた。  まさか、と不安を感じ始めたとき、ぐううっと腹の奥が鳴った。 「……あ、兄……き……」  腹部を押さえながら、まさか、と昂大は青褪める。  兄は黙ったまま昂大を見下ろしていた。 「それ……オレに、使ったの……?」  兄はまだ答えない。けれど、それがすべての答えのような気がした。  昂大は慌てて立ち上がろうとするが、そこを押さえつけられる。 「やめろよ、兄貴! 離せ!」 「駄目だ」 「漏れちゃう!」 「まだ薬剤が回りきってないんだから、少し我慢しろ」 「やだ!」  手足をバタつかせるが、すぐに腸の方でぐるぐるという音がして動きを止める。これ以上動くのは明らかに危険だ。 「あっ、兄、き……トイレ……ッ」  頼むから行かせて、と涙目になって懇願する。けれど、まだ赦されなかった。  それからが地獄のようだった。 「昂大、起きろ」  再びシャワーで身体を清められた頃には、昂大はもう既に力尽きていた。しかし、兄の声で目を開ける。  いつの間にかまた兄の部屋にいた。  昂大が悶絶している間にシーツを替えたらしく、横たえられたベッドからは清潔な匂いがした。同時に、濃密に充満していた精の残滓も鼻腔を突く。  いや、と首を振った。  匡一が真上から圧し掛かる。  昂大は泣きたくなった。何故こんなことになってしまったのだろうか。  凌辱される行為で男としてのプライドはズタズタにされ、無理矢理促された排泄行為に人間としての尊厳も踏み躙られた。  そんな昂大の心中など気にしないかのように、匡一は洗浄された窄まりに指を這わせる。 「あにき……やめて……」  それが昂大のまともに発せた最後の言葉だったかも知れない。  昼も夜もなく、昂大の未成熟な身体は絶え間ない快楽と欲望に冒され、白濁とした世界に意識を埋没させていった。  両親の不在を恨めしく思ったのは、初めてのことだった。
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