新たなスタートへ

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新たなスタートへ

 あれから月日は経ち、夏も秋も冬も瞬く間に過ぎ、今年度も終わりを告げる頃となった。 ーー時は3月。  すみれ先生は1人1人を思い出していた。 りす組のお友達も来月には年長さんになって、ぞう組さんとなる。  この子達の卒園まではまだあと1年ある。 来年の今頃はきっとお兄さんお姉さんになっているのだろう。  シンくん、えみかちゃん、まなちゃん、ヨウちゃん、サッちゃん、しのぶくん、カレンちゃん……。20人の子供たち。  園庭を眺めていると、みんなの姿が鮮明に思い出される。あの笑顔、そして笑い声。  すみれ先生は3月末で退園する。みずほ先生が力を貸してくれたあの時を信じてその道に進むことにした。  最後のあいさつを終え、外に出たすみれ先生は、多くの園児の声を背中で聞いて立ち止まり振り返った。 「せんせー! 待ってーー!」 「すみれせんせー!」  みんなの顔が滲んでくる。  息を切らせて来た園児たちをすみれ先生は受けいれた。 「これ、せんせーに。折り紙で作った花束とプレゼント! おうちかえったらあけてね!」 みんなとの思い出はすみれ先生にとってかけがえのない宝物。  楽しかった職場をあとに、見えなくなるまで手を振って、歩き慣れたこの道ももう歩くことはないだろう。  家に着いたすみれは園児たちからもらった花束とプレゼントをテーブルに置いた。  ベッドに横たわると全てが開放された気分になり気持ちがいい。目をつむり、1つの節目を感じて今はその余韻に浸っていた。  ほんの数分経つと、プレゼントのことが気になった。プレゼントは小さな箱で、可愛いリボンが掛かっている。箱の上部には〝おもいで〟と書いてあり、軽く箱を振ると軽い音しかしなかった。 「なーんだろなぁー。松ぼっくりとかメダルとかかなー」 リボンをほどき開けてみる。 そこには膨らんだ紙風船があって、なぜだか空気が抜けないようにセロテープが貼られてあった。 紙風船を取り出すと、その下にカードを見つける。 〝すみれせ、んせー……とのお、もい、では、このかみ……ふ……うせんに……いー、れまし……た」  この読みにくい文面は、新聞紙の文字を切り貼りした手の込んだカードで、刑事ものでよく犯人が送りつける手紙に使う、あの手だ。  うちの園児たちが考えそうなこった、と笑みがこぼれる。 ーー5年後。  料理教室の先生をやり始めたすみれの仕事も軌道に乗り、今年は新たに店舗展開する。  朝ごはんを作りながら、テレビをつけ、いつものように朝のニュースを流していた。 ーー桂木小学校の八木アルトくん10歳は、ショパン国際ピアノコンクールにおいて……。          《 完 》
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