親友

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シャワーを浴びて響が風呂場から出てくる。 家に常に置いてある部屋着に着替えて、冷蔵庫からお茶を取り出し、台所で飲んでいる姿が見える。 いつからだろう。 こうやって、俺の家の中で自由に振る舞う響。 2人で、それだけの時間を過ごしてきたんだ。 「響」 居間から、響に声をかける。 「なに?」 風呂に入って、さっきよりは少し冷静になったようだ。 「ちょっとこっち来い」 俺がそう言うと、まだ少し口を尖らせながらも、居間にやってくる響。 無防備に首にタオルを巻いた状態で、濡れた髪からは雫がまだ落ちそうだ。 「髪」 俺がそう言うと、俺の前でストンと大人しく座る彼女。 ドライヤーで濡れた髪を乾かしてやる。 泊まりに来た時の日課だ。 響の髪の毛は背中まで伸びている。 ショートカットだった高校生の頃が懐かしい。 卒業後に、伸ばすと言って、あれから一年半が経ったんだ。 その時間を俺たちは、一緒に過ごしてきた。 どんな時も、俺たちは乗り越えて今こうしている。 これから先も、ずっと一緒にいたい。 その気持ちは変わらずにあるから。 たとえ、喧嘩をしても、たとえ、気持ちがすれ違っても、俺は絶対こいつを手離すことはない。 ドライヤーの音にかき消されないように、少し大きめな声で話す。 「悪かったよ。おまえの気持ちはわかったから。」 俺がそう言うと、後ろ向きの響が首を横に振った。 「ごめん。私もムキになっちゃって、、、。」 「友達紹介したいなら、協力してやれ。浅葱も喜ぶだろ。」 俺がそう言うと、首をくるっと俺の方に向ける。 「いいの??」 その顔は少し嬉しそうだ。 「ダメだっつっても、おまえ、聞かないだろ。」 「だって、、、。」 「協力してやりたいんだろ?」 響の笑顔が見れるなら、いくらでも、俺が折れるよ。 「頑固者。ほんとに手がかかって仕方ねぇな。」 「、、、ごめん、、、。」 俺の言葉に少し落ち込んでいるようだが、 まぁ、これが響だ。 頑固で真面目で、まっすぐな彼女。 そんなところに、俺は惹かれたんだ。 「いいよ。紹介してやれば?」 自分の思うようにしたらいい。 失敗しても、傷ついても、ちゃんと受け止めてやる。 その時は俺がいる。 どんなことがあっても守ってやる。 響を近くに感じて、そんな気持ちになっている自分がいる。 誰もが、自分で経験して、気づいて、色んな事を知って、そうやって大人になっていくんだ。 人に言われるより、自分で気づくほうが、人は成長する。 俺もそうやって大人になってきたんだ。 自分のことはとうの昔に忘れてしまっていたが、俺もそうだった気がした。 響はこれからなんだ。 俺がどう言っても、響には自分の意思があるんだよな、、、。 色々経験して、自分の力にして、そうやって大人になっていけばいい。 年の差を考えても仕方ない。 経験値の違いがあって当たり前なんだ。 俺が教えてやれることも少なくなってくるんだろうな。 響の髪の毛をドライヤーで乾かしながら、ふと、そんな事を思う。 「先輩、喜ぶよ!」 響の顔はさっきと打って変わって、嬉しそうだ。 「バイトの仲間だろ?よく、話に出てくる。」 「うん、そう!。かわいいんだよ!」 「浅葱喜ぶんじゃねえか?あいつ、面食いだし。」 「浅葱先生面食いなんだ?。先輩に話してみよう!浅葱先生かっこいいし、楽しいから、うまくいくかも?」 そう、楽しそうに話す響。 まあ、いいか。 楽しそうな彼女を見ると、さっきまでこだわっていた自分がちっぽけに思える。 俺も相当甘いな。 まあ、うまくいくかどうかは別として、響が喜んでいるなら、まぁ、いいか。 ふっと笑みがこぼれた。 「就職もね、、、。」 響が話をしだす。 「ん?」 「本当は悩んでるんだ。」 ドライヤーの音にかき消されそうな声で響が言う。 やっぱり、そうか。 「なんか、やりたい事はあるんだけど、漠然としてて、、、。」 就職活動も焦っていたんだろうな。 「何やりたいんだ?」 「本の仕事、、、。」 あぁ、なるほど。 書店で働いてるうちに、興味を持ったんだろう。 「本の仕事って言っても色々あるからな。」 「うん。本当は図書館で働きたいの。」 響の想いを知る。 そこまで考えていたとはな。 「いーんじゃないか?」 「うん、、、。でも、図書館は空きがなくて。」 確かに図書館の司書なら、なかなか空きがないだろう。 市の図書館なら、尚更のこと空きがなさそうだ。 響は短大で、司書の資格を取った。 しかし、司書として働くのは狭き門なのは俺も知っている。 響も色々考えていたんだな。 俺は何もわからず、焦らせるような事を言ってしまったんだ。 だから、響は怒ったんだろう。 「おまえも色々考えていたんだな。教えてくれれば良かったのに。」 「なんか、漠然とし過ぎてて、まだ自分でもよくわかってないから。」 響の性格らしいなと思った。 ちゃんと自分で消化しないと、なかなか前に進めないところがある。 「そうか。」 力になりたいが、俺になにができるのか。 就職は人生の分岐点だ。 支えてやることしかできないのか。 でも、響なら、きっと自分で切り開いていける。 その強い力を持っていることは確かだ。 「焦らないで、ゆっくり考えればいいと思うぞ。」 急かすつもりはない。 しっかり自分で考えて、響らしく、自分に正直でいればいい。 そう思う。 「うん。ありがとう。」 就職か、、、。 将来について色々考える歳になってきたってことか。 響ももうすぐ20歳だ。 そうだな。 それを見守っていくのが、俺の役目だ。 ドライヤーで乾いた髪の毛を触る。 サラサラしている髪の毛を、そっと指にからませる。 そして、目の前に座る響にそっと口づけをする。 響の笑顔が目に入る。 笑顔が戻ってよかった。 響の表情を確認して、安堵する。 響を抱き寄せ、 「仲直りできてよかった。」と、 素直な気持ちを伝える。 「ごめんなさい。」 そう言う響に深い口づけをする。 ゆっくり一緒にいれる週末だ。 彼女を感じたい。 浅葱の邪魔が入らなかったら、すぐにでもこうしていたところだ。 響のぬくもりを感じながら、いつもの週末に戻って良かったと心から思っていた。
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