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サラセニア
「微妙な天気になっちゃったね。
織姫様と彦星様、無事に逢えたかなぁ?」
クスクスと笑いながら、先月俺と結婚したばかりの彼女が言った。
「あぁ...、そっか。
今日は、七夕だっけ?
すっかり、忘れてた。」
キッチンで洗い物をする彼女の言葉に答えながら、飲みかけの缶ビールを片手にベランダに出る。
空を見上げると彼女の言う通り、とてもじゃないけど快晴とは言えない感じの、星ひとつない曇天で。
「でも雨は降っていないから、逢えたんじゃない?
...たぶんだけど。」
少し温くなり始めたビールを、ちびちびと飲みながら。
手摺に体をだらりともたれ掛け、クスリと笑って答えた。
「...たぶんって。
翼君は、ホント適当なんだから。」
呆れた口調でそう言うと、彼女もまた笑った。
「だって、仕方ないじゃん。
俺には、わかんねぇし。」
優しくて、可愛らしくて、料理上手で家事も得意な、大事な大事な俺の奥さん。
二人で過ごす、心穏やかで平和な毎日。
でも彼女に対してあの頃みたいな、焼けつくような...ジリジリと焦がされるみたいな想いを抱く事は、きっとない。
自分で選んだ現在だけれど、それでも違う未来を選んでいたならば。
...今頃俺は、一体どうしていただろうか?
そんな事を今更考えたところで、何の意味もない。
でももしもあの日、違う選択をしていたならば。
俺はまだ彼の隣で、平和でも心穏やかでもない、刹那的な...胸と体を焦がされるような日々を送っていただろうか?
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