0人が本棚に入れています
本棚に追加
私は、何も答えなかった。黙って改札を抜けていく自分を、駅員はさっきと同じようにずっと目で追っていた。
走り過ぎてゆく電車の窓の外の風景は、薄青いような闇に包まれ始めていた。
乗客はまばらだ。
視線の先に、東京のまばゆい点々とした街の明かりが見えている。
私はカバンからスマホを取り出すと、電源を入れた。見ると誠一からの着信履歴やラインが十件以上も並んでいた。
その中には、巌邑堂の刈谷さんからのものも、いくつか混ざっている。
私はスマホをもう一度カバンの中にしまいこむと、力を抜いて椅子の背に深くもたれた。顔を向けると、窓ガラスに写りこんでいる、疲れ切った自分と目が合った。
ラッシュ時のたくさんの乗客に取り巻かれ、長椅子の一番隅に小さく座っていた私の耳に、日本橋、日本橋、というアナウンスが聞こえてきた。
私は立ち上がると、人々の波に混じって押し出されるように電車を降りた。
ホームの柱のかたわらに寄ると、足を止めた。
改札の向こう側で、二人の人物が駅員や警察官に囲まれ、何か話をしているのが目に入った。
一人は、刈谷ゆう子、そしてもう一人は誠一だった。
そのとき改札のあたりの人の固まりが、その場に立ち尽くしている私の方に、一斉に顔を向けた。
「……ああっ。谷口さん!!」
刈谷さんが、そう叫ぶように言った。
「あゆみ!!」
誠一も、大声を上げた。
私は、彼らに向かって小さく手を振った。
……ただいま。
その瞬間、私の頭の中で、何かが弾け飛んだ。
そのまま私は、足元の床に倒れ込んだ。すぐそばにいた女性の、悲鳴のようなものが聞こえている。
何人かの人が、私の方に駆け寄ってくるのがわかった。意識がだんだんだんだん遠のいていく。
その後のことは、まったく何も覚えていない。
最初のコメントを投稿しよう!