旅の行方

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「あの。ひょっとして、また例の人と……何かあったんですか」  腰を落ち着けて以来、急にまんじりともしなくなった私の顔を、刈谷さんは少し居心地の悪そうな、そんな様子で覗き込みながら聞いてきた。彼女が手にしたペットボトルの表面に浮いた汗で、その白魚のような指が濡れている。 「いつもみたいに、私で良ければ何でも話、聞きますよ。言ってみてください」  むしろ今日は、店頭で会わなくてよかったかもしれない、とも思った。おかげで彼女を引き止めている罪悪感も、それほど感じずに済む。  私は黙ったまま何も答えずに、目の前の八重洲の風景に目を細めていた。信号が変わるたび、中央通りを忙しく、車が何台も走り過ぎていく。その手前の歩道を、人々の波が途切れることなく行き交う。 「あの」 「ええ」 「実は私……」  急に私が口を開いても、刈谷さんは微動だにしないでいた。 「これから、をしてやろう、と考えているんです」  言うと、とたんに彼女が、心配げに首をかしげた。 「……あること?」 「ええ」 「なんです、あることって」  私は自分のペットボトルを握りしめると、黙ってもう一口お茶を飲んだ。というか、自分でこんなことをしている自分が、信じられない。  体のどこかにある栓が、ある日スポッと抜けてーーそこから何かが、社会人として、いや人間として、非常に大事な何かが、次々に漏れ出しているようなーーそんな感覚なのだ。 「本当のことを言いますとね、普段通り、これから刈谷さんのお店でいつもの柏餅を買い、いつものように本郷に行く、という流れの仕事があるんです」 「ええ」 「でも、もうなんかーーすべてどうでもよくなっちゃって」  彼女は一瞬、息を飲むようにした。しかしその(こわ)ばったような笑顔を、必死に保持しようとしている。  その間に少しでも、この状況を頭の中で整理しようとしているのかもしれない。 「その仕事をドタキャンしてやってね、あの人を困らせてやろうか、とかって、考えているんですよね」  刈谷さんは、あんぐりと口を開けたまま、この私を目を合わせずに眺めていた。 「どう、思います」 「えっ。やっ、どう思いますって……あの、谷口さん、それ本当ですか?」
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