吉宗・ハイタワー

1/1
7人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ

吉宗・ハイタワー

783e8a90-bc18-473c-bef8-4abde4268304  やっと永久歯に生え揃った洋一郎之介でしたが、強い男になるという願望は日増しに強くなっていきました。  そこで洋一郎之介は体を鍛える為に、毎朝、縄跳びをしようと決意しましたが、家の物置にあるのは単なる縄で、お子様用のいかにも安っぽい縄跳びを見つけることができませんでした。 「ちいっ。こんな本格的な縄で何ができるってんだっ! このやろう!」  洋一郎之介は手にしていた本格派縄跳びを投げ捨てようとした時でした。 「あいや、またれい!」  声をかけられた方へ振り向くと、そこにはいかにも探検家を匂わせる帽子を被り、立派な髭を携えていながら少し弱気な顔をした小柄なお爺さんが立っていました。 「えっと……妖精ですか?」  洋一郎之介は、単なるお爺さん風情のその存在に対しても、念のためいつもの確認を取りました。 「いかにも。ワシの名前は吉宗(よしむね) ・ハイタワー。冒険家じゃ。不老不死の秘湯を探す旅を続けておる。まあ、そうは言っても、もうこんな歳になってしまったがな」  そう言って、翁は自嘲したような薄笑いを浮かべました。そして、洋一郎之介が投げ捨てた縄を拾い上げました。 「お爺さん! 俺……。俺も死にたくないよ! 今だって、世界に何が起きて、人類が滅亡したって俺だけ生き残れば良いって思ってるくらいだ! ねぇ、俺も不老不死の秘湯に連れてってよ」  しかし、お爺さん(たしか吉宗・ハイタワーと名乗っていましたが)は静かに首を振り、話を始めました。 「お若いの。よくお聞きなさい。あれは、ワシが若い頃、モヤイを初めて見た時じゃった」  ハイタワーの目にはもう、洋一郎之介の姿は映っていません。ハイタワーの目に映る景色は、遠い遠いナントカ島の椰子の木でした。 「モヤイはのう、どれも同じ顔をしているようじゃが、実はどの顔も違うとかナントカ言う話を聞いてな、どうしてもそれが欲しくなってのう、さっそく冒険家よろしく、一番良き顔のモヤイを盗みに行ったのじゃ……」(中略)「その時、ワシは叫んだ。死んでもワシはブロンソンを守り続ける、とな……」(中略)「崖のふちに咲く白い花は幸せを運んでくれるのじゃ。それをワシはつい漢方薬に使ってしまって……」 「お爺さん! もういい加減にしてよ! 長い話はウンザリだよ」  あまりの長い話に、洋一郎之介のイラつきは最大級になりました。それもそのはず、話し始めてから、かれこれ3時間ほど過ぎていたのですから。 「お若いの。すまないのう。歳を取ると話が長くなってしまうのじゃ……。しかしな、それが歳を重ねるということなのじゃよ。若い時は時間が過ぎるのがゆっくりなのじゃ。だからワシの話も長く感ずるであろう。しかし、ワシの歳になってしまえば、今の話もたったの一瞬の出来事に過ぎんのじゃ……」  そう言うと、手にしていた縄を結んで一つの結び目を作りました。 「この結び目をよく見るのじゃ」 「え? 何? 何?」  洋一郎之介がジッと結び目を見ていると、結び目がススッススッと動き、縄の外に外れたのです。 「わあっ! すごい! 何で!?」 「どうじゃ? 少年。この縄ひとつでお前さんを摩訶不思議な世界へ連れて行くこともできるのじゃ。目的と違うことに、腹を立ててもしょうがないのじゃ。目的が達成できなくても、その過程に素晴らしいことがあるのじゃよ。ワシが不老不死の秘湯を探し続けているのは見つからないからではないのじゃ。見つけないだけなのじゃ」 「見つけない!?」 「そう。見つけるまでに出会ったブロンソンや小さな白い花、それが宝物なのじゃからな……。そう、この縄だってそうじゃよ……」  そう言うと、ハイタワーは愛しそうに縄を抱き締めました。その姿が洋一郎之介の心を大きく揺さぶりました。  こんな薄汚い縄を、まるで宝物のように抱き締める姿が、何故だかとても神々しく見えたのです。 「俺も……俺も見つけることができるかな? 何かを……」 「見つからないからではない。見つけない……。それがわかるかな……?」  それだけ言うと、ハイタワーの姿はボヤーとなって消えていきました。 「ハイタワーさん……」  ハイタワーが消えていった後には、縄の結び目の部分だけが落ちていました。 「これ……東急ハンスで見たことが……ある……ううん。何でもない! そうだよね。何事も過程が大事なんだよね。結果、俺が今日、学校を休んだからって、そんなことどうでも良いんだ! その過程が大切なんだから!」  洋一郎之介はそのまま布団に潜り込みました。その日、夢の中で洋一郎之介は盗んだモヤイを背に颯爽と船を動かす吉宗・ハイタワーの姿を見ることができました。  若い頃と言っていた割には意外と歳を取っていたハイタワーのその姿に、大人の世界の見栄を垣間見た気がした洋一郎之介でした。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!