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子供の頃に戻りたい妖精 オッサム
その日も洋一郎之介は朝ご飯のシリアルの牛乳が無かった為、ふてくされて布団にもぐりこんだまま、お昼ご飯の時間になってしまいました。
「うう……。お腹すいたよ……。なんでフレークの牛乳が無いだなんて初歩的なミスを犯してるんだよ! お母さんなんか……お母さんなんか……シベリアにでも行っちゃえばいいんだ!」
しかし、どうにもこうにもお腹がすいています。渋々、牛乳を買いに出かけようとしたその時です。ピンポーンと玄関のチャイムが、静かな家に鳴り響きました。
「平日のこんな時間にいったい誰が来るってんだ! コンチクショウ!」
そう言いながらも、洋一郎之介は恐る恐るドアを開けました。
するとそこには可愛らしい顔写真のお面を被った、見事までに頭を剃ったガタイの良い男が、少し大きめのランドセルをしょって立っていました。
男は洋一郎之介を見るなり開口一番叫びました。
「ヤッちゃん! ヤッちゃん! あ~そ~ぼ!」
洋一郎之介はドキリとしました。
完全に危ない人だ! ああ……開けなけりゃ良かった……。
そんな後悔は今更遅いのです。
しかし、その男は相変わらず「ヤッちゃん、あそぼ!」の繰り返しです。もしかして……と洋一郎之介は思いました。そろそろ、次のアレが来る頃だ、と……。
「ねえ! ひょっとして君は妖精? 何の精? 名前は?」
妖精だと思えばもう怖くありません。洋一郎之介の嬉しそうな顔に、その妖精もお面からはみ出た口元がニッコリと微笑みました。
「僕、オッサム。ヤッちゃん、何して遊ぶ?」
ずっと一人で寂しかった洋一郎之介は、妖精のその言葉がとても嬉しいものでした。
「わぁい! 何しよう! じゃあさ、これやろう! 一人じゃ対戦ができなくてつまんなかったんだ」
それは買ったばかりの『ドスコイ警部~情熱系~』というシューティングゲームでした。しかしオッサムは首を横に振ります。
「僕……それできない……」
「え? じゃあ、これは?」
次々と玩具箱からゲームを取り出した洋一郎之介でしたが、オッサムはどれも首を横に振ります。
「何だよ! 遊んでやるって言ってんのにさあ!」
そう言って洋一郎之介がイライラして投げつけた物を見たオッサムは、とても嬉しそうに笑いました。それはどこから出したのか、古く薄汚れたアメリカンクラッカーでした。
それからはオッサムの天下です。見事なまでにクラッカーを操るオッサムに洋一郎之介も心を奪われました。
「すごいよ! すごいよ! オッサム! 俺もやる!」
しかし、何回やっても洋一郎之介はうまく操ることができません。
「こんなの……こんなのいらないよ! 俺はゲームがやりたいんだよ!」
アメリカンクラッカーをまた投げ捨てると、オッサムはとても寂しそうな顔をして玄関から出て行きました。
「あ……オッサム……」
何となく後味が悪くて、洋一郎之介は投げ捨てたクラッカーを拾い上げました。それを手に取ってマジマジと眺めると、サインペンで書かれた消えかけの名前を見つけました。そこには『深川山太郎之介 』と書かれていました。
「お父さんの名前だ……」
洋一郎之介はお父さんを懐かしみながら、もう一度アメリカンクラッカーに挑戦してみました。今度はとても上手く出来ました。
慌てて窓を開けて遠ざかっていくオッサムに叫びました。
「オッサムーーー! できたよーーーー!」
オッサムは振り返り、大きく手を振りました。何度も振り返っては「バイバイ」を繰り返し去っていく、その姿はあの時のままだと思いました。
しかし、よく思い直すと『あの時』がどの時なのか全然分かりませんでした。何となくお父さんなら知っている、そんな気がしてしんみりとした気分になりました。
「今日、お父さんが帰ってきたら聞いてみよう……」
洋一郎之介はその後もしばらく一人でアメリカンクラッカーで遊んでいました。お腹がすいていたことに気づいたのは、もう夕日が背中を押してくる頃でした。
オッサムは子供の頃に返りたい妖精です。ふと子供の頃の遊びをしたくなったりしませんか? そんな時はあなたの中にもオッサムが……。ほら、すぐそこに……。
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