ハウリングの妖精 ハウル野狂四郎(はうるの・きょうしろう)

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ハウリングの妖精 ハウル野狂四郎(はうるの・きょうしろう)

4ca0f33b-b608-44e9-bbb6-9c86f5b1a2d5  洋一郎之介は、生まれて初めての勇気を振り絞りました。そうです、兼ねてから憧れていたカラオケボックスを訪れてみたのです。  もちろん、友達などと一緒ではありません。一人きりです。しかし、洋一郎之介は寂しくなんかありませんでした。なぜなら、彼は電話ボックス然り、トイレの個室然り『ボックス』を連想させるような場所は一人で入るものと信じて疑わなかったからです。  受付という最初のハードルを何とかクリアし、薄暗い狭い部屋に通されると、不思議な機械がたくさん置いてありました。初めてカラオケボックスを訪れた洋一郎之介にとっては、全てが未知との遭遇で、ファンタジー世界に片足を突っ込んだような、言いようのない不安を感じました。 「何だよ! 何でマイクが二本もあるんだよ!」  洋一郎之介は、無駄に多いマイクや分厚い本に書かれている暗号のような数字|(一昔前のカラオケといえば、電話帳を思わせるカラオケコードの書かれた薄汚い本が使われていたんだよ)、そして三流のCMのようなものがひっきりなしに流れるTV、全てに苛立ちが募ります。  そして、ついに歌い始めました。両手に1本ずつ、マイクを持って。且つアカペラで。そうです。彼には機械の使い方、更にはマイクの使い方すらわからなかったのです。  マイクを近づけて歌う、それは爆弾を抱えて歌うようなものです。案の定、キーーーーーーンッ! と耳障りな音が、狭い個室に響き渡りました。 「キャアッ! 何なの!? この音は!? もしかして……ヤツか!? ヤツが来たのか!?」  洋一郎之介は慌ててマイクを放り投げました。しかし、マイクは2本とも同じ方向に飛んで行ってしまい、また近くなって共鳴し始めました。  キィーーーーーーンッ 「ヒイィッ! 俺を……俺を洗脳しようとしているなっ! 俺を洗脳して、改造して、何かを埋め込んで……超人にしあげようとしている秘密組織の面々が……やってくるぅぅーーーーっ!!」  洋一郎之介がソファの上で暴れると、テレビの隙間から黒い影がヌッと出てきたのです。 「来たな! 悪の組織! 俺様に何をする気だっ!」  妄想癖のある洋一郎之介は、すっかり何かのヒーローになった気で黒い影に向かって叫びました。 「オレは悪の組織ではない。オレの名は、ハウル野狂四郎。ハウリングの妖精だ!」  言葉の最後はキーーーーーーンッという耳障りな音により掻き消されました。 「ハウル野狂四郎……? 妖精だって?」  洋一郎之介はハウリングに苦しみながらも、その姿を確認しました。  嫌な表情をしています。エルフのような耳を持ち、マイクを手にしているにも関わらず、八つ墓村を思わせる頭に2本のマイクを突き刺したスタイルで、常にハウリングを起こさせようとしているのです。あげく、背中にもマイクを背負っていて、さらに胸元にはマイク型の小さなペンダントまでしています。これでもかとマイクを主張しているルックでした。 「ヒヒヒ……苦しめっ! 苦しむがいい! 特に、わざわざカラオケボックスにまで来ておきながら、歌うのが恥ずかしいだなんて言って誰かを巻き込んで無理矢理キンキ、タキツバ、狩人を歌う女子や、デュエットを口実に嫌がっている女子社員の肩を抱こうとして『銀恋』や『男と女のラブゲーム』を入れるサラリーマンや、頼んでもいないのにエグザエルやケミストリーをハモらせてくる男子……。みんなハウリングで苦しむがいいっ!」  ハウル野狂四郎がそう叫ぶと、キィィーーーーーンッと一際、不愉快な音が部屋中を駆け巡ります。 「やめてくれーーーーっ! 何かの間違いだっ! 俺は君の言っていることが全く理解できないんだっ!」  洋一郎之介は耳を塞いでも聞こえてくるノイズに頭が割れてしまいそうになって、泣き叫びました。 「オレの言ってることが分からない訳ないだろっ! こんな真昼間っからカラオケにくるようなヤツは!」 「俺は……俺は……ただ……『100人レジェンド大集合~フルコーラスバージョン~』が歌いたかっただけなんだぁーーーーっ!」 「な……何ぃっ!」  ハウル野狂四郎は洋一郎之介の叫びに、激しく動揺しました。その証拠に、頭のマイクが一本グラリと傾いたのです。そのおかげでか、ハウリングは一瞬収まりました。 「お……お前……あの伝説の『100人レジェンド大集合~フルコーラスバージョン~』に……手を出すのか……!? 悪いことは言わない! やめた方がいいっ! あの歌は……一度入れると歌い終わるまでに……100分以上かかる幻の歌だぞ! オレは……このカラオケボックスに長年いるが、歌いきったヤツを……それどころか、チャレンジしようとしたヤツを……見たことがないっ!」  必死で止めようとするハウル野狂四郎に、静かに首を振って答える洋一郎之介。その目は、熱き魂を漲らせた、特撮ヒーローのそれでした。 「いいんだ……。俺は……俺はその為にここに来たんだからなぁっ!」  ハウル野狂四郎はガクッと両手を床につけて、涙を落としました。その姿はまるでサヨナラホームランを打たれた高校球児のようでした。 「やられたよ……。まさか……そんな強敵に……出会えるなんてな……」  そんなハウル野狂四郎を尻目に洋一郎之介はマイクを持ちました。 「チャーラーチャッチャララッララララーララー」 「ま……まさか……アカペラで……前奏からっ!?」  勇ましい洋一郎之介の姿を見て、ハウル野狂四郎は立ち上がりました。手にしていたマイクを最大に近づけます。すると……キィィーーーーーンッと激しいハウリングが部屋中に響いたかと思うと、ブツッとテレビ画面に『100人レジェンド大集合~フルコーラスバージョン~』の映像が映し出されました。 「あっ! テレビに……テレビにメガネレジェンドたちがっ!」  そうです。カラオケビデオが流れ始めたのです。 「ハウル野狂四郎! 君がこれを……入れてくれたのかいっ!?」  洋一郎之介が振り向くと、そこにいたはずのハウル野狂四郎の姿は忽然と消えていました。 「ハウル野狂四郎……。君の想いを無駄にはしない……」  洋一郎之介はしんみりとした気持ちで歌い始めました。すると、一緒に歌い始めたようにキィィーーーーーンッとマイクが唸り、その後、洋一郎之介が100分歌いきるまで再びハウリングを起こすことはありませんでした。  ハウル野狂四郎はハウリングを起こすイタズラ好きの妖精です。あなたがカラオケボックスに行った時、続けざまにハウリングが起きるなんてことがあったら要注意! ハウル野狂四郎の勘に触ってしまったかもしれませんね。
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