コトノハ

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 ***  ところが、物事はそうそううまく行くものではないのである。  自分達が今いる山は、すぐ麓がアレスタウンという小さな町になっているのだ。弱いとはいえモンスターが出没するので、本来一般人が山に入るのは非常に危険なはずなのだが――それでも、山の自然が子供達にとって最大の遊び場になっていることは事実であり、そうでなくても麓で遊んでいるうちに森の中に迷い込んでしまうというのもけして珍しいことではないのである。  あと少しでアレスタウンに到着する、といったところで――自分達は気づいてしまった。小さな女の子の泣き声がするということを。 「!ど、どこから……」 「あっちだな、急ぐぞ」 「ちょ、ちょっとジョシュア!」  言葉数が多くなく、不言実行も多いジョシュアはさっさと走り出してしまう。後衛職が前に出るな、と言いたいが彼の戦闘スタイルを思えばその行動もわからないものではなかった。――ただ、アシュリーのプライドが許さないというだけで。 ――魔道師なのに、なんでそんなに足速いのよ貴方はっ!!  短い距離なのに、追いつくのに時間がかかってしまった。アシュリーが辿り着いた場所は切り立った崖の前である。そこに、モンスターに追われて追い詰められていたのだろう小さな女の子と彼女を抱きかかえるジョシュア。そして紫色の毛で覆われたクマ型のモンスターが、じりじりとその距離を狭めていた。 ――パープルベア!……よりにもよって厄介なモンスター……!  体長は2メートル程。クマ型モンスターの中ではさほど大きい方ではないが、いかんせん鋭い爪による攻撃は素早い上に威力が高くて脅威。しかも紫色の体毛のモンスターに共通する点として、非常に強力な毒を持っているのである。パープルベアの爪の毒は遅効性だが、それでも放置すれば十分死に至ることもある。防御力も体力も高くないが、そういう意味では非常に危険なモンスターであることに違いはなかった。 「ジョシュア!そのまま逃げてください、私がっ……!」  今行きます、と言おうとした時だった。パープルベアが勢いよく、ジョシュアと少女に飛びかかっていたのである。――その鋭い爪を、振りかぶって。 「くっ……!」  回避が間に合わないと判断したのか。ジョシュアはとっさに、少女を思い切り左脇に向かって放り投げていた。悲鳴を上げて地面を転がる少女。そしてパープルベアの爪は――勢いよくジョシュアの脇腹を引き裂いていったのである。 「!!」  ばっ、と鮮血が散った。ジョシュアは腕でガードしようとするも、ガードした腕ごと切り裂かんと再度爪が振り下ろされる。  肉が切り裂かれる嫌な音。ぼたぼたと落ちる赤い雫。自分を庇った少年が切り裂かれていく様を見て、少女が“お兄ちゃん!”と絶叫している。 ――あの馬鹿……!何をやって……っ!!  早く助けなければ。アシュリーが剣をぬこうとした時だった。 「“Blood-Lance”……」  ぼそり、と低い声が聞こえた。次の瞬間、ジョシュアがだ流した大量の血がどろり、と蠢き――何本もの鋭い槍を形成したのである。再度攻撃に移ろうと接近していたパープルベアは、回避も防御も取ることができず――その数多の槍に刺し貫かれるのは、ほんの一瞬の出来事だった。
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