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「でも。……今日からこうやって一緒に戦って。私、本気で貴方のことが嫌いになったんです。どうしてだかわかりますか」
まだ長い付き合いではない。それでも、戦いは時に何よりもその人物の本質を浮き彫りにする。
「貴方が、優しいからです。優しいのに……自分のことだけは、愛してないから」
ジョシュアは。アシュリーが怪我をすると、それがカスリ傷だろうとすぐに気づいて治してくれる。さっきの苦言だって、本当はアシュリーを心配して言ってくれたのだと知っているのだ。
今回もそう。女の子の泣き声に気付くやいなや、敵の姿も確認する前に飛び出していった。そして女の子を守るために深い傷を負って――自分が酷い有様なのに、それでもまずは女の子に謝ってそちらの治療を優先するのである。助けたことを、恩に着せようという気配もない。それで死にかけても、恨み言一つ頭に浮かぶ様子がない。
他人のことは――苦手であるはずのアシュリーも、赤の他人の女の子も、簡単に思いやるくせに。その思いやりの対象に、何故だか彼自身だけが入っていないのである。
「闇魔法は、相手からダメージを受ければ受けるほど威力が増大する。そんなことお前だって分かっているだろう。深手を負わされた方が、相手を倒せる確率が上がるんだぞ」
訳がわからない、という様子でジョシュアが告げる。
「防御魔法も間に合ったかもしれないが、その方が効率的だと判断して攻撃を食らった。回復に自信はあるから、即死でない限り助かるだろうとも踏んでいた。それなのに、どうしてそこまで怒る必要がある」
「当たり前でしょう!即死級の傷を負わない保証がどこにありますか!」
「それならそれで構わないだろう、俺が死ぬだけだ」
瞬間。気づいた時には手が出ていた。ジョシュアの頬をひっぱたいたのだ、と理解したのは――じんじんとする己の掌と、真っ赤に腫れた彼の頬を目にしてからである。
「……嫌いですっ!」
思わず飛び出した声は――涙に濡れていた。
「だから!私は貴方が大嫌いなんです!!」
知っている。ジョシュアがスラムで、酷い生活をしてきたということ。
物理的、精神的、性的な暴力を受け続け、仲間達に次々と目の前で死なれて、あまつさえ黒髪黒目であるというだけで悪魔の子と蔑まれ。己の価値を全く信じない、己のことを全く愛さない性格に育ってしまった背景は理解しているのだ。
でも、彼は。――そうやって虐げられてきたはずの彼は。ちゃんと、他の人を思いやる心を持っているのに。
こんなにも優しい彼のことを、よりにもよってどうして彼自身が愛してくれないのだろう。
人の痛みはわかるくせに、彼に傷ついて欲しくないアシュリーの気持にだけは――どうして気づいてくれないのか。
「お、お兄ちゃん!」
女の子が駆け出して、ジョシュアに抱きついていた。驚いて目を丸くしている少年に、その華奢な手で一生懸命にしがみつく。
「助けてくれて、ありがとう。でも……でも、お兄ちゃんが死んだらやだよ……死なないで良かったよお……!」
そうやって泣きじゃくる少女と、それからぼろぼろと涙を零すアシュリーを。ジョシュアは驚いたように、交互に見た。全く、助けたはずの少女にこうも救われてしまおうとは。
「……本当のヒーローは、誰かを助けて自分のことも守るんですよ」
言ノ葉は簡単に散る。散ってしまう。出会ったばかり、付き合いも短い自分の声では――まだまだ、彼に響かせるのは難しいのかもしれない。
だから自分は、この想いが届く時まで――何度でも何度でも、繰り返し言おうと誓うのだ。
「その子の気持ちも、私の気持ちも。どうか、大事にしてください。……貴方は貴方が思っているよりずっと……愛されるべきものを持ってるんですから」
この“嫌い”の本当の意味が、いつかはっきりと形になるまで。
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