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The Brilliant Futureはたまたま高校で同じクラスになった音楽好きの四人で結成したバンドだ。
ボーカルの佐々木絢流、ギターの栗橋大樹、ベースの鹿倉奏輔、そしてドラムの王禅寺保。
たまたま同じ学校の同じクラスに集まったにしては、運命的な出逢いだったんじゃね?というほどに、彼らのバンドは地元の小さなライブハウスを出入りするようになってから、あっという間に人気に火がつき、高校生ながらそこそこの集客数を誇っていた。
しかし、彼らの通う高校は、進学が八割、就職が二割ぐらいのごく普通の中堅高校で、進路の選択肢に悩む三年生になったこの夏、バンドの活動を一旦やめようか、という話が出ていた。
バンドの要、ギターの大樹が受験したいから学業に専念したいと言い出したのだ。
音楽は進路が決まってから、またやりたきゃやればいいじゃん?
大樹がそう言って、他人の意見に流されやすいボーカルの絢流はそれもそうか?と納得し、基本的に絢流の意見に従う保も、それでいい、と言っていたのだが。
そこに、降って沸いたデビュー話だ。
きっかけは、これを最後のライブにしよう、と言っていたライブで起きた、奇跡のような出来事だった。
彼らが尊敬して愛してやまない国民的バンドOriental Blueのボーカル、アオイがお忍びでたまたまそのライブに遊びに来ていて、なんと、彼らの演奏に飛び入り参加してくれたのだ。
その上、「あまりにもいい音だったから」なんて最高の賛辞までくれて。
それまでも、地元のコアな音楽ファンやライブハウスに出入りするような若者たちの間ではかなり人気のあるバンドだったThe Brilliant Futureが、アオイの乱入によって、地元の枠を飛び越えて突然全国ニュースに取り上げられるようになった。
メジャーデビューをしないか、というレコード会社や芸能事務所なんかからの誘いが何件も舞い込んで、彼らはいきなり、受験するかしないかよりももっと直接的な人生の岐路に立たされることになって。
単純で楽しいことが大好きな絢流は、すぐ有頂天になって「デビューするぞぉ!」と盛り上がり、絢流がそうしたいなら、と保もそれに追従した。
奏輔だって、そんな状況で盛り上がらないわけがない。
なのに、大樹だけは違った。
彼は、自分は辞退する、と言ったのだ。
みんなの足を引っ張るつもりはない、俺に構わず他の上手いギター担当を紹介して貰えよ、とまで言って。
もちろん、メンバーみんなで大樹の気持ちを変えようと必死に説得したけれども、彼の意思は固く、どうしてもダメか、と諦めて、栗橋抜きでもいい、と言ってくれる事務所の門をくぐろうか、という話までいきかけたときだった。
まさかの、オリブルの事務所から、スカウトが来たのだ。
それも、アオイが事務所の偉い人と一緒に直々に誘いに来たとあっては、さすがの大樹も揺らいだようで。
他の事務所だって有名どころもあったけれども、やはり、彼らの憧れのオリブルが所属している事務所と言えば別格だ。
更に、そのオリブルの事務所が、栗橋抜きではブリリアのデビューはない、と断言したものだから、問題は深刻になって。
何度も話し合いを重ねて、大樹本人も事務所と個人的に交渉をして、ようやく今に至ったのだ。
「で?アヤとタモツはバイトいけそうだったん?」
ホットプレートなんてものはないから、フライパンで次々と餃子を焼かなくてはならない。
育ち盛りの高校生男子四人の腹を満たすために、フライパン二つをフル稼働して焼き続けて、大皿何枚分焼いただろうか。
マンションは古い物件だが、一応カウンターキッチンではあるので、焼き上がった餃子の乗ったお皿と空になったお皿を、キッチンに立ったまま交換しながら、奏輔は尋ねた。
絢流はスポーツクラブの受付、保は警備員のバイトの面接に行くと言っていた。
「チョー楽勝。明日から来てって言われたし」
餃子を頬張りすぎてハムスターのような頬袋ができている絢流が、得意気に言う。
その隣で、せっせと絢流の空いた取り皿に餃子を取り分けてやっている保は、軽く肩を竦めた。
「そんな軽いノリのとこ、大丈夫か、アヤ?」
普通は一応合否は後日連絡とかだろ?
「大丈夫じゃね?一応大手チェーンのとこだし…時給もイイし、受付なら仕事もラクそーじゃん?」
絢流は一事が万事こんな調子だ。
黙って立っていれば、スラリとした細身の、カッコイイというよりは綺麗系なイケメンで、歌も上手くて文句なしのボーカルなのだが。
いかんせん、少し喋らせると、深く考えることをしないその場のノリだけで生きている軽薄な感じが、すぐに浮いて見えて、頭が痛くなるようなことがしばしばある。
「あっ、タモツ、俺もう腹いっぱいだから、そんなにいらねーよ…なあ、麦茶おかわり」
絢流は行儀悪く、椅子の上に体育座りになって箸を置いた。
空のグラスを指差して、保に視線を向ける。
保は黙って、取り分けた餃子の皿を自分の席のほうに移動させて、絢流の使い終わった食器をまとめて流しに運んだ。
もちろん、言われたとおり空のグラスも持ってきて、冷蔵庫から麦茶のポットを取り出して注いでいる。
奏輔は、最後の餃子を焼き上げて大皿の上に積み上げながら、小さくため息を吐いた。
「タモツ、あんまアヤを甘やかすなよ?そーでなくても馬鹿でワガママなのにさ」
何もかも待ってるだけでお膳立てされるもんじゃなくて、自分で考えて行動しないとダメなこともあるって、少しはわからせてやんないと、お前に愛想尽かされたら、あいつ世の中でやってけなくなんぞ?
「俺がいなきゃダメになって欲しいから、これでいいんだよ、悪いなソースケ」
保はボソッとそう言って、奏輔と目を合わせてニヤリと笑う。
「アヤの起こす面倒は全部俺が尻拭いするから、好きなようにさせてやってくれよ」
はあ、と奏輔は今度は大きくため息を吐いた。
「あー、もー、お前、ドMのホモだったのかよ」
「バンドに支障はきたさねえから大目に見ろって」
共同生活にもメーワクはかけねえようにやんよ。
付け足された言葉に、何をやんだよ?とは怖くてツッコめなかった奏輔だ。
以前から、絢流の傍若無人ぶりに甲斐甲斐しく世話を焼く保のことは怪しいと思っていたけれども。
そういううっすらとしか見えていなかったプライベートな嗜好がハッキリ見えてしまうのも、共同生活の為せる技だ。
「他人の色恋にキョーミねえし、勝手にしろよ…それより、お前、アヤの世話ばっか焼いてまだ全然食ってねえだろ?熱いうちにとっとと食えって」
彼がそう言ったとき、スッとキッチンに背の高い影が差した。
「お前も食べろよ、ソースケ…片付けは俺がやるから」
ぐい、と肩を掴まれ、キッチンの外に追い出される。
「ダイ、お前はちゃんとお腹いっぱい食べたん?」
奏輔が慌ててそう問いかけると、彼と入れ替わりに流しの前に立った大樹は少し笑った。
「めっちゃ食べたっての…スッゲェ美味かった。ごっそーさま、ソースケ」
あまり表情を変えないそいつの、不意に見せるそういう顔は、母性本能をくすぐるというか、まあそーゆーところが大量の女性ファンを呼び寄せるんだろうな、と納得するわけで。
奏輔は席に着いて、自分の焼いた餃子をようやく食べ始める。
背後では、食べ終わった絢流がソファに移動し、まだ食べ終わっていない保を呼びつけて、スマホゲームの上手くできないところをやらせていた。
「わ!お前マジ上手ぇな!さすがタモツ、カッケェ!」
人にゲームをやらせて楽しいのだろうか…と素朴な疑問は浮かぶものの、本人たちが満足してるのならそれでいいのだろう。
「こんなの、アヤがスゲェ育成しまくってるからできるんだよ、さすがアヤだな」
保は、あくまでも絢流を立ててやっている。
しかし、想いを寄せる相手に誉められて嬉しいのだろう、その表情はいつになくにやけていた。
餃子を口に放り込んで、彼は、チラリと大樹を見る。
黙々と洗い物をしているこの男にも、あんなふうに世話を焼きたいと思っている誰かがいるのだろうか。
ふと、さっきの写真を思い出した。
いやいや、あれは写ってたのどっちも男だろ?
いくらなんでも、メンバーがみんなホモとかナイから。
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