657人が本棚に入れています
本棚に追加
6.それぞれの想い
The Brilliant Futureは既存曲をコピーして演奏することが多かったけれども、一応何曲かはオリジナルソングもあって、それは主に奏輔と大樹が作っていた。
奏輔は、貰ったデビュー曲のデモ音源を最初に聴いたときの衝撃を忘れられない。
全身が総毛立つような、圧倒的な音の力。
こんな曲を聴いてしまったら、もう二度と作曲なんてできないのではないか、と思わざるを得ないような。
しかし、その曲を作ったオリブルの仕掛人でもあるセージは、次からは自分たちで作曲しろ、と言っているらしい。
編曲やアレンジはしてくれるらしいが。
そのことについて、大樹がどう思っているのかはわからないけれども、奏輔はすごくプレッシャーを感じて悩んでいた。
そうこうしているうちに、スタジオでの練習やら音合わせやらは回数を重ねて、夏休みに突入しようとしていた。
新規メンバーが急に増えたせいもあるだろうけれど、なんとなくメンバーの間もぎくしゃくしている気がする。
音がちっともまとまらないのだ。
せっかくのすごいイイ曲なのに。
それまでピンで歌っていたボーカルの二人がなかなか合わせられないのはもちろん、悩める気持ちが音に出てしまうのか、奏輔も足を引っ張るようなミスばかりしてしまう。
保も何かに苛立ったようなリズムを刻んでいるし、そういうメンバーの不協和音を焦れったく思うのか、いつも冷静な大樹までもどこか調子を狂わせている。
「困ったねぇ…」
さすがに担当の長峰も困り果てているようだ。
「明日はレコーディングだってのに」
もちろん、レコーディングは全体がまとまっていなくても、それぞれの音を後から調整することも可能だから、なんとかなるだろう。
でも。
そのレコーディングに、セージそのひとが来るのだ。
あのすごい曲を、こんな演奏しかできないことに、失望されて見放されてしまうのではないか。
「ソースケ、ちょっと」
何度めかの演奏を中断して、大樹が彼を呼ぶ。
どこがどう悪かったのかは、自分でももちろんわかっている。
肩を落として大樹のところへ行くと、彼は珍しく少し照れくさそうな顔をして、ポンポンと奏輔の背中を軽く叩いた。
「萎縮すんな、ソースケ。確かにスゲェ曲だけど、お前のいつもの音なら、この曲もっとかっこよくできる」
みんなお前のベースを頼りにしてんだよ。
そして彼は、不機嫌極まりない顔でつっ立っている晶も呼ぶ。
「アキラ」
「んだよ…」
返事こそ苛ついた声だったものの、晶は素直に大樹と奏輔のほうへ歩み寄った。
ここ数回の練習で、名目こそリーダーは絢流だけれども、その実このバンドを引っ張っているのは大樹だと彼も認めたのだ。
大樹はいつも冷静で、バンド全体を客観的に見ている。
「言っとくけど、合わねぇのは俺のせいじゃねえよ?あっちがなんか知らねえけどオドオドしてっから」
つーか、お前ら、あんなボーカルでよくデビューとかこぎ着けられたな?
ギターもベースもいいのに、勿体無い。
「アヤはメンタルが歌に直結するんだ」
大樹は淡々と言った。
そして、さすがの彼も少し言いにくそうに歯切れ悪く続ける。
「あんた…じゃなくて、アキラ、少し、その…アヤを誉めてやってくんねぇか?」
「はあ?誉め要素とかどこにもないだろ?おだてなきゃ歌えねえとか、使えなすぎだろ」
眉間に深い皺を寄せてそう言い返す晶だけでなく、横で聞いていた奏輔も、大樹は何を言い出すのか、と驚いた。
しかし、大樹は重ねて言う。
「あんたもわかってるんだろ、アキラ」
何を?
奏輔のハテナは、すぐに答えが与えられた。
チッと舌打ちした晶が、肩を竦めて言ったからだ。
「あのおキレイなお嬢ちゃんが、俺に惚れてるってことなんか、誰が見てもわかるだろ」
はい?
アヤがアキラに、ほ、惚れて…る?!
惚れてるって、その男女間に発生する恋愛的な?
え…?
アヤも、ホモなん?
待て、アヤ「も」って、だからつまりタモツもアヤに惚れてるわけで…
さ、三角関係?!全員男で??
「わかってんなら、頼む。あんたがちょっと誉めてやってくれれば、たぶんアヤは今とは全然違う、本来のアヤの良さが出るから」
大樹に諭されるように説得され、晶はため息を吐く。
「俺にホストの真似事なんかさせるんだ、アイツがそれでも使いモンになんなかったら、奴をクビにして俺がソロでボーカルやるからな?」
そう言い捨てて、彼は絢流の隣に戻って行った。
「ダイ…」
奏輔は、大樹を見る。
たぶん、捨て犬みたいな情けない顔になっていただろう。
「わかったか、ソースケ?気づいてないの、お前だけだと思って」
みんなの息が合わないのは、お前のせいじゃないから。
原因は、アヤだ。
「お前は何も気にしないで、自分の音を奏でろ」
再び、大樹の手が背中をポンと叩いた。
そして、まるで奏輔の不安と焦りを読んでいるかのように、力強く言ってくれる。
「俺たちなら、できる」
最初のコメントを投稿しよう!