6.それぞれの想い

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絢流の隣に戻った晶は、彼が戻ってきたことにビクビクする「繊細な」ボーカルに苛々していたけれども、それは表に出さないよう気をつけた。 ホント、めんどくせぇ。 「おい」 声をかける。 媚びるような窺うような視線が返ってきた。 ウザいけど、それも堪える。 「ちょっと休憩だとさ」 そして、できるだけ声を和らげて言った。 「お前さ、いい声持ってンだから、もーちょっとリラックスして歌えよ」 これが精一杯だぞ? 俺にしちゃ、相当譲歩してやったぞ? ホントにこんなんで上手くやれるんだろうな? ぱあっ、とわかりやすく絢流の顔が明るくなった。 まるで、小学生が先生に誉められたときみたいに。 そして、頬を紅潮させ、モジモジと俯く。 これだけの美人なんだから、もっとスレてそうなのに、子どもみたいな恥じらい方をする。 「えっ、アキラ…俺の声、イイ声だって、思う?」 ウゼェ。 いや、確かに顔はどっちかっつうと好みの部類――晶は顔面偏差値の高い親族の中に育ってきたので相当な面食いなのだ――だし、ここまであからさまに好意を向けられたら、そう悪い気はしないけれども。 その処女感丸出しの、夢見る乙女みたいなわかりやすい媚び方、どーにかなんねえの? その絢流の背後から、睨む相手を射殺しそうなほどの凶悪な視線が刺さってくる。 普段は全然人畜無害そうなやつなのに、恋する男はめんどくせえな。 晶はため息を吐きたくなるのを堪えた。 自分もおそらく、想いを寄せる相手(あのひと)に関しては同じような状態になるのだろう。 そう思うと、そんな視線を投げてくる保に、同族嫌悪というか同情というか、とにかくなんだか複雑な心境に陥る。 俺だってこんなの本意じゃねえっつの。 絢流(こいつ)にヤル気を出させるためだろ。 彼は、小さく息をついて、軽く肩を竦めた。 「悪くねぇよ」 つかさ、みんなで合わせるんじゃなくて、俺に聴かせるために、今歌ってみろよ。 合わせてやるから。 絢流は誉められたと認識して、俄然ヤル気になったようだ。 いきなり、デビュー曲の歌い出しを軽くハミングしたかと思うと。 少し離れたところで話していた、大樹と奏輔が会話を止めてこちらを見た。 二人とも驚いた顔をしている。 絢流の顔つきが違う。 その唇から紡がれるのは、美しいメロディ。 今までの歌声はなんだったのか、と思うぐらいの、聴く人を惹き付ける歌。 ふぅん、と晶は内心で口笛を吹いた。 なるほど、これは思ったよりも全然聴ける。 そして。 ハモりの部分に乗っかった。 絢流が、歌いながら嬉しそうに彼を見て笑う。 その誘うような瞳に、瞳を合わせて。 歌うことがキモチイイ。 二つの歌声がピタリとシンクロして、デモ音源よりもずっと、この歌が生きてくる。 ノってきた晶は、思わず絢流の肩を抱き寄せた。 一つのマイクで、一緒に歌う。 そこに、ギターとベースが被さってきた。 チラリと視線をやると、大樹と奏輔がどこかホッとしたように、そして楽しそうにそれぞれの楽器を弾いている。 ちょっとした一体感。 曲の最後は名残惜しげに余韻を残して、大樹がジャーンと弦を掻き鳴らした。 「おー、やればできるじゃん?スッゲェ気持ちよかった、今のセッション」 興奮した気持ちのまま、隣に立つ絢流の髪をクシャクシャと掻き回してやったら。 びっくりしたような顔をした絢流が、次の瞬間、茹で蛸のように真っ赤になって飛び下がった。 「こっ、こんなの、ヨユーだっての…今まで、おっ、お前のこと、試してただけでっ」 強がってそんなふうに言うものの、明らかにテンションが上がっているのが丸わかりだ。 クシャクシャにされた髪を直すように撫で付けたり引っ張ったりしながら、唇を尖らせてソッポを向いたまま、ソワソワして決して晶と目を合わせようとしない。 そして、一人楽器に触れることなく突っ立っていた保の胸にぽふん、と顔を埋めた。 「タモツ、髪、直して」 それはあんまりにも酷ぇんじゃねえの? 他の男への恋情を隠そうともしないくせに、自分に想いを寄せる相手に甘えるとか、傲慢すぎるだろ。 さすがの晶でさえ、そう思ったのだが。 保は黙って、絢流のグシャグシャになった髪を手櫛で整えていく。 その顔には一切の感情が浮かんでいない。 圧し殺しているのか、それとも、こんなことは慣れっこなのか。 「アヤ、これで大丈夫」 優しい声音で彼はそう言って、整えたばかりの髪型を崩さないようそっとその頭を撫でた。 と、大樹が声を発した。 「今の感じで、もっかい合わせよう」 晶が誉めたことで絢流の機嫌はいいし、絢流が甘えたことで保も気分を持ち直した、全てを見計らったかのような、絶妙のタイミング。 このバンド、ホント栗橋がいなきゃ成り立たねえな。 それが、晶の正直な感想だった。 その日以降、大樹がメンバーの扱いを学習したことで、The Brilliant Futureは格段に息が合うようになって。 時折、絢流がウザかったり、保に睨まれたりしながらも、演奏そのものは楽しかった。 そもそも、楽曲が格段にイイのだ。 全員の演奏がはまってしっくりくれば、こんなに楽しいことはない。 そして。
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