6.それぞれの想い

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レコーディング当日、奏輔は緊張の面持ちで、一緒に上京してきた仲間たちを見ていた。 絢流も保も、奏輔と同じように緊張しているのがわかる。 大樹は相変わらず顔にはそういう感じが全然出ていないからわかりにくかったけれど、やっぱりそれなりに緊張しているのだろう、いつもならノーマルな炭酸水を買うところを、間違えて味付きの天然水を買ってしまったようで、苦虫を潰したような顔でそれを飲んでいた。 あの、伝説の男、セージに会えるのだ。 緊張するなというほうが無理だ。 どんな男なんだろうか? スゴい偉そうにふんぞり返ってる白髪のオッサンとか? アーティスティックな、ド派手なオネエとか? 或いは、意外と「えっ?こんな目立たない人?」みたいなザ・公務員みたいな黒ブチ眼鏡のヒョロイ人とか? ガチャリ、と部屋のドアが開いて、みんなが一斉にそちらを見る。 「はよっす」 しかし、入ってきたのは晶だった。 「なんだよ、アキラか…もう、紛らわしいなー」 さすがの絢流も、今日は恋心どころではないらしい。 晶の姿を見ても、はしゃぐどころか文句を言っている。 晶は、四人が緊張しまくっているこの部屋の異様な空気を、ふん、と鼻で笑った。 「おいおい、そんなんでちゃんと演奏できんのかよ?」 彼ももちろん、仕事モードのセージにはそれなりに緊張するけれども、それでも見知った相手な分、四人よりは普通にしていられる。 と、ドアが再びガチャリと開いた。 全員――もちろん晶もだ――が、ビクリと肩を揺らす。 「おはようございます」 長峰だった。 全員が、はあ、と深い息を吐いて、肩を落とす。 だが。 次の瞬間、朗らかな声が続いた。 「何、何、お通夜みてぇじゃん、どーしたの?」 その声を聞いて、ガタッとテーブルに腰をぶつけたのは、晶だった。 「アオイ!」 彼の上擦った声に、再び全員がドアのほうへ視線を向ける。 「あれ?やだなぁ、超アツイ視線…俺ってホント人気者で困っちゃうな~」 長峰に続いて部屋に入ってきたのは、Oriental Blueのボーカル、アオイだ。 その端正な顔立ちに、190センチ近い長身。 長めの前髪を結んで後ろに流しているのも、イケメンがやるとちょんまげには見えないから不思議だ。 そこにいるだけで圧倒的な存在感を誇る国民的ロックスターは、フレンドリーにニコニコ笑って五人を見渡した。 「やっぱり…アオイがセージなんだ?」 誰ともなしにそんな呟きが漏れた。 オリブルを国民的バンドまで導いた、伝説の作曲家兼プロデューサーであるセージという男は、アオイが作曲活動をするときの別名なのだ、という噂は、今も根強く広まっている。 しかし、アオイは楽しそうに笑った。 「やだなぁ、俺は未来のライバルになるかもしれない後輩君たちを見学に来ただけ。神の歌声持ってる俺が、作曲までやってたら、もう最強過ぎるっしょ?」 ねぇ、セージ? そう最後に呼びかけて、後ろを振り返る。 「あ、あ、あんた!!」 ひっくり返った大声を出したのが大樹だと気づくまで、奏輔も絢流も保も、ポカンと口を開けて、アオイの後ろから現れた男に見惚れてしまっていた。 日本人男性としてはかなり長身のアオイよりも更に背の高い、海外のファッションショーでランウェイを颯爽と歩いていそうな見事なスタイル。 色の濃いサングラスをかけていてもわかる、神が造り出した芸術品のような容貌。 前に立つカリスマボーカルでさえ、一瞬そこにいることが霞むほどの唯一無二なオーラで、その場を支配する。 アオイももちろん整った顔立ちだけれども、失礼な言い方をすれば、それを更に進化させたような、と言ったらいいのか。 「俺がセージだ」 そのひとは、短くそう言った。 軽く肩を竦めた晶には皮肉げな視線を投げ、絢流、保、奏輔…と順番に視線を流し、そして。 一言叫んだだけで二の句が次げない大樹と目が合ったときだけ、視線を止めて僅かに唇の端を歪めたが。 それもほんの一瞬だった。 すぐに冷ややかな顔に戻して、誰にともなく言う。 「時間が勿体ない、とっとと始める」 そんなふうに見惚れられることになんて慣れっこなのだろう、呆然としているメンバーには構いもせず、さっさと機材の調整に入ったのだった。
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