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大人たちはみんな、アルコールが入ってかなり上機嫌だ。
もちろん、レコーディングが最高の出来映えで完成できたというのもあるだろうけれど。
だけど、まだ飲酒できない高校生四人は、一応この打ち上げの主役とも言うべき立場なのに、一つのテーブルに追いやられて、完全に蚊帳の外だ。
ひたすらに高級なお肉にがっついている奏輔と大樹はともかく、絢流はさっきからずっと、目の前の美味しそうなお肉に目もくれず、飲酒組のテーブルに当たり前のように座った晶を目で追っている。
「アキラって、アオイと知り合いなのかな…」
なんか、すげぇ仲良さそう。
隣に座る保に話しかけている、と言うよりはほとんど独り言に近い呟き。
保は、ほっとくとどんどん消えていくお肉をいくつかピックアップして絢流の皿に乗せてやりながら、その独り言に答える。
「さっき、チラッと誰かが話してんの聞いたけど、アキラってアオイの親戚らしいよ?」
「え!マジで?!」
晶がアオイと何やら親密そうに話しているのを、ぼんやりと見つめていた絢流は、さすがに驚いたように保を振り返った。
「だから、あんなにカッコイイし、歌上手いんだ…あのアオイの親戚かぁ」
それなら、仲良しなのも仕方ないのかな。
自分を納得させるように、絢流は口の中で呟く。
それでもモヤモヤとする胸を押さえて、その一角が掘りゴタツ式の畳スペースなのをいいことに、保の膝の上にゴロンと横になった。
いわゆる膝枕状態だ。
「アヤ?まだちゃんと食べてないだろ?高級肉だぞ?」
こんなの、次いつ食べられるかわかんねぇぞ?
今更膝枕ごときで動揺するでもない保に窘められるが。
「もういらない、タモツが食べれば?今日、歌いすぎて疲れたし、眠い」
これ以上、仲良く喋っている晶とアオイを見ていたくない。
絢流は目を瞑って、保の下腹に顔を押し付ける。
膝で寝るのは全然いいけどさ、マジでその体勢は止めてくんねぇかな。
見ようによってはかなり卑猥なポーズに見えてしまう。
その遊んでそうな見た目に反して初心な絢流にそんなつもりがないことは、保が一番よくわかっているけど、それでも。
保はそんな絢流の姿が視界に入らないよう、取り皿を掲げ持つ。
美味しい高級肉を頬張ることで、余計な熱があらぬところに集まらないよう気持ちを逸らし続けないと。
健康な男子高生には、本当にツラい試練だ。
奏輔は、そんな保のひきつる顔を、なるべく見ないように視線を逸らした。
アヤ、その体勢はホモじゃない俺が見ても、ヤバいんじゃねえの?と思うけど?
タモツの鉄の自制心が最後まで機能することを祈るよ…。
そして、隣で、周囲にはまるで無頓着に焼き肉をモクモクと食べ続ける大樹にそっと尋ねる。
「ダイってさ、セージと知り合いだったんだ?」
一瞬、大樹の箸が止まる。
「あいつと直接っつーか、あいつの恋人と知り合いっつーかなんつーか」
彼は歯切れ悪くそう言った。
「そもそも、あいつがあの『セージ』だなんてことは知らなかったし」
「へえ…セージって恋人いるんだ?まあ、そうか、あれだけカッコイイひとだもんね」
つか、奥さんじゃなくて恋人かあ…一応まだ独身なんだ?
奏輔の少し興奮した声に、大樹は少ししまった、という顔をする。
別に口止めされてるわけじゃなかったけれども、人のプライバシーを勝手に喋ったのはまずかったかな、と。
「恋人って、どんなひと?あんだけ整ってるひとの横に並ぶのなんて、勇気あるよなあ…ってか、並べるぐらいの相当な美人なのか」
そう言ってから、ふと、奏輔は目を見開いて、アッ、と小さく声を上げる。
それから、慌てたように口を手で押さえて、黙り込んでしまった。
彼は、自分でそう口に出した途端、一枚の写真のことを思い出したのだ。
大樹が落とした、一枚の写真。
あれに写っていたのは、セージ、だったのではないか?
遠目だったし、横顔だったからはっきりとはわからないけれども、あれだけの容貌の男がそこらにゴロゴロしているはずがない。
決定的なのは、髪の色だ。
見事なアッシュグレーの。
そして、その隣に立っていたのは――
大樹は、セージの恋人と知り合いだと言った。
そして、その写真を大切そうに持っていて。
いや、並んで歩いているからって恋人とは限らない。
しかも、男同士だ。
だけど、そうとは限らないけれども。
明らかに親密そうに手を繋いでいた二人。
幸せそうな空気が、写真ででもわかるような。
「綺麗っつうか、スゲェ可愛いひとだよ」
大樹がポツリとそう言った。
「可愛くて、優しくて、さみしいと兎みたいに死んじゃいそうで、頼りなくて、一緒にいるとスゲェ和んで、でも一生懸命で、我慢強くて、芯は強い」
その、言い方で。
大樹も、他に想いを寄せる相手がいるひとを想っているのだ、と気づいてしまった。
高校生の恋は、若さゆえに、みんな不器用だ。
大人みたいに、割り切ったり諦めたりすることができない。
好きになったら、相手の都合も状況もお構い無しに、ただひたすら、一途に想ってしまう。
奏輔は、そっか、と短く相槌を打った。
ほんの少し、胸が疼く。
自分だけがまだ、彼らのような恋を見つけていない。
大樹や、保や、絢流のような。
そんな報われない恋なんて、とどこか冷めた目で思う一方で、それでも報われない恋に身を焦がす彼らを、羨ましく思う。
いつか、自分にも。
そんな恋が訪れるだろうか?
まあ、相手はできれば可愛い女の子がいいけど。
だって、このままじゃ、The Brilliant Futureは完全なホモバンドになっちゃうじゃん?
fin.
2019.07.18
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