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「ツインボーカル?」
マネージャーというほどつきっきりなわけではないけれども、まあ事務所でのブリリア担当とでも言うべき長峰の言葉に、真っ先に不機嫌な声を上げたのは、もちろん現ボーカルの絢流だ。
「俺一人がボーカルじゃダメっての?そんなの、ゼッテェやだ!」
プウッと頬を膨らませた絢流に、いつも穏やかな長峰は、ニッコリ笑う。
「絢流君がイヤなら、ムリにとは言わないんだけど…とりあえずデビュー曲を作ってくれるセージさんがね、ツインボーカルのほうが曲の自由度が増して面白いものが作れるって言ってて」
君達の編成だとオリブルと丸かぶりだから、どうしてもオリブルの二番煎じみたいになっちゃうから、少し変化させたほうがいいって話で。
諭すようにそう言われ、更にオリブルブレイクの仕掛人と言われる幻の男の名前まで出されてしまっては、さすがの絢流も折れないわけにはいかないようだ。
しかし、膨らませてしまった頬を引っ込めるタイミングがわからないのか、後ろに立っていた保の胸にポスンと顔を押し付けてきた。
この単純でワガママなくせに意外と押しに弱いお姫様は、困ったときや都合の悪いときはすぐに保の胸に逃げてくる。
そうなるように、三年間でひっそり躾たのは保なのだが。
長峰は、そんな絢流にもだいぶ免疫が出来てきたようだ。
構わずに話を続ける。
「栗橋君にギター兼ボーカルをやって貰うのもありかと思ったんだけど…」
「嫌です」
長峰が最後まで言い切る前に、大樹の心底嫌そうな声が即答した。
「俺はギターで手一杯ですし、歌は苦手です」
むくれてる絢流の頭を撫でてやりながら、保は思う。
大樹は別に歌が苦手なわけじゃない。
四人でカラオケなんかに遊びに行けば、普通に歌っているし、下手どころかかなりイイ線いってると思う。
ギター弾き語りで一人ででも売れそうなぐらいだ。
彼はただ単に目立つのがキライなのだ。
ギターというポジションでも悪目立ちするのに、更にボーカルまでやったら。
音楽をやってるくせに目立つのがキライって…とその矛盾する心理がよくわからない。
でも、大樹は、思いつきや感情でワガママを言う絢流とは違って、言い出したら絶対に引かない。
主義主張がハッキリしているのだ。
きちんとした理由を説明し、納得できるような説得ができないと、意見を曲げることはない。
「うん、そう言うと思った」
長峰は、これまた動じなかった。
ニコニコと内面の読めない笑顔を貼り付けたまま、言葉を続ける。
「だから、一人新規メンバーを入れて貰います」
全員が、突然のことに言葉を失っている。
一瞬、部屋の中がしーんと静まり返った。
長峰はそんな四人の様子にはおかまいなしだ。
立ち上がって、部屋のドアのほうへ移動する。
「実は今日、もう来て貰ってるんだよね…」
ガチャリ、とドアを開けた。
「新規メンバーの、鷹城晶君」
その名前を聞いたとき、何故か大樹がピクリと身体を揺らした気がした。
しかし、保はそれどころではなかった。
腕の中で不貞腐れていたはずの絢流が、ドアの向こうに現れた男を見た途端、小さく息を呑んだのだ。
そして、ふらりと保から身体を離した。
その綺麗な形の耳がほんのり赤く染まるのを、保は呆然と見ているしかできない。
まさか。
彼は、心臓を握り潰されるような嫌な予感にぶるりと身体を震わせた。
「晶君は今、ソロで活動してるんだけど、ほら、時代がソロのシンガーって感じじゃないでしょ?」
だから、君たちに足りないものを補って貰って、晶君のほうも補完して貰う。
長峰の声が、どこか遠くに流れるBGMのようだ。
まるで内容が頭に入ってこない。
目の前には、同じように話が聞こえていなそうな、ポーッと熱に浮かされたように新たに現れた男を見つめる絢流が立っている。
「…じゃ、急にボーカルが二人なんて言われて複雑かもしれないけど、よろしくね、絢流君」
「アッ、はい…えと、ヘーキです」
長峰がまとめるようにそう言うと、急にしおらしく、絢流がそう返事をした。
「じゃあ、僕はちょっと君たちの今後のスケジュールとかの資料持ってくるから、少し五人で話でもしててくれるかな?」
無責任にも長峰は、それだけ言い残してさっさと部屋を出ていってしまった。
鷹城晶、と紹介された男は、不機嫌そうにそこに立っている。
メンバーの中で一番背の高い大樹よりは低そうだけれども、平均よりも高めのはずの保よりはきっと高いだろう。
そして、背の高さうんぬんというよりも、スタイルが抜群にいい。
顔が小さく、脚が長い。
大樹も大概イケメンの部類に入るけれども、そいつはもっと次元の違う整い方をしている。
さすが東京の人、というか、洗練されてあか抜けていて、ミュージシャンというより、モデルとか俳優とか、そんな感じだ。
既に芸能人的なキラキラしたオーラをまとっている。
「あ!思い出した…AKIRAだ」
そう声を発したのは、奏輔だ。
「3年ぐらい前、『First love』でブレイクした…」
そう言われて、ハッと保もそいつの顔をマジマジと見れば。
確かに、一時期大ヒットした曲を歌っていた歌手がこういうイケメンだったような。
チッ、と晶が舌打ちした。
「悪かったな、一発屋で」
しかも、たった三年前のことなのに、思い出すのにそんなに時間かかるほど、俺は過去の人かっての。
「それもしょーがないか、セージが書いてくれた曲しか売れなかったし」
はあ、と大きくため息を零し、そいつは肩を竦めた。
挫折を知っているからか、不機嫌そうな見た目と違って、いきなりキレたりはしないようだ。
不用意なことを言ってしまったか、とオロオロする奏輔の頭をポンと叩いて、投げやりなフォローまでしてくれる。
「昔のことはもー関係ないし、お前らと一緒にやれば、オリブル超え目指せるんだろ?」
「お、オリブル超えぇ?!」
声をひっくり返す奏輔に、彼は皮肉げな笑みを浮かべた。
「あ?違うの?俺はそう聞いてきたんだけど」
そこに口を挟んできたのは、黙ってやり取りを眺めていた大樹だった。
「超えるよ、オリブル……超えてみせる」
静かに、だけどどこか燃えるような熱と強い意志を感じられる口調で、彼はそう言った。
そういう熱い感じは、普段の大樹にはあり得ない。
一体どうしたのか。
保が、そう考える間もなく、目の前で絢流が動いた。
「ハイハイ!俺も超えたーいっ」
ツインボーカルなんて、と拗ねていた顔はどこへやら、酷く嬉しそうにご機嫌に、彼はビシッと片手を挙げてそう参戦した。
「アキラの声すっげぇイイし、俺とハモったらめっちゃカッケェと思う」
オリブルなんて、すぐ超えられるって!
調子よくそんなことを言う絢流を、しかし、晶はチラリと見ただけでつまらなそうに目を逸らした。
「この何も考えてない空っぽそうなのがボーカルか、うざっ…」
絢流の顔色がサッと変わる。
酷く傷ついたような、そんな顔を見せまいと彼は俯いた。
保は、そのひとが何か悪態をつきながら自分の胸に飛び込んでくるだろうと思ったのだが。
絢流は、何も言い返さず、そしてその場に項垂れたまま動かなかった。
大樹も絢流も、バンド全体も。
何かが変わろうとしている。
保は、そんな胸のざわつきを感じながら、ただ必死にその場に立ち竦んでいるしかなかった。
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