3.佐々木絢流

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大樹がしぶったせいで、散々ヤキモキしたものの、なんとか四人で上京し、デビューへの扉が開かれようとしていた。 絢流は、その色素の薄い瞳に、都合のいい明るい未来しか映さない。 デビューしたら、もっとたくさんの人にチヤホヤされ、大事にされ、楽しく過ごせる。 そう信じて疑わない。 だから。 ツインボーカルにする、なんて提案には、物凄く憤慨した。 ボーカルは一人で十分じゃん? バンドなんて所詮、ど真ん中に立つボーカルがいかに目立ってかっこいいか、で良し悪しが決まるようなものだ。 そのマウントポジションにいるボーカルが二人になったら、人気も半分こになってしまう。 今は絢流がごねても、またか仕方ねえな、と許してくれているメンバーだって、絢流と新しいボーカルを比べるようになってしまうかもしれない。 あいつは文句言わねえのに、アヤは。 そんなふうに言われるようになってしまったら。 或いは、あいつのほうが歌上手いし、もうアヤいらなくない?なんてことになったら。 怖い、嫌だ。 半端ない拒絶感に身体が震える。 保の胸に顔を埋めて、恐怖に強張る顔を隠そうとした。 絢流を常に甘やかしてくれる保の手が、宥めるように優しく頭を撫でてくれる。 こうやって自分に優しくしてくれる保だって、もしも新しいボーカルのほうがよくなったら? だけど、絢流のそんな思いは、部屋に入ってきたその男を一目見てガラリと変わった。 何、このカッコイイひと。 アオイもめちゃくちゃカッコよかったけど、このひとも見劣りしないぐらいカッコイイ。 不機嫌そうな表情が、その整った顔立ちを引き立てていて、絢流は今までこんな独特の雰囲気を持ったひとを見たことがなかった。 絢流に近寄ってくる相手は、みんな彼の機嫌を取りたくて、笑顔か優しげな顔か、嬉しそうな顔か…とにかくデレデレしたやつらばっかりだったから。 まあ、強いて言うなら、大樹はいつもつまらなそうな無表情だけど。 その大樹もそこそこイケメンだけど、でも、こんなふうに吸い込まれるような感覚は一度も感じたことはなかった。 東京ってこんなイケメンがゾロゾロいるの? スゲェ、俺と並んだら超お似合いじゃね? 喋り声もイイ。 この声が歌ったらどんな感じだろ? めっちゃ聴きたい。 思わず、引き寄せられるように一歩そちらに近づいた。 頬に血が上って、胸がドキドキする。 そもそもあまり難しいことを考えない頭の中が、更にフワフワとしてなんだかおかしい。 絢流はこれまで、チヤホヤされることはあっても、特定の一人といわゆる恋人、と言われる関係になったことはない。 その容姿だから、男女問わずに言い寄られることには慣れっこになるほど欠いたことがない。 当然、恋愛に対してのハードルは低く、異性間のみならず同性間の恋愛にも抵抗は薄い。 それでも、特定の一人をパートナーに決めてしまうことで、他の人たちが離れていくのが怖かったから、どんな相手に告白されても肯定の返事をしたことはなかった。 そしてもちろん、自分から誰かを好きになったことは一度もない。 愛情や好意は与えられるもので、自分が誰かに与えるなんていう発想は全くないのだ。 そんなわけで、彼はこれまで恋愛というものをしたことがない。 当然、身体もキヨラカな、どこにも出荷されていない、ガチガチに梱包されたピカピカの新品状態だ。 というか、身体はおろか、キス一つさえしたことはなかった。 だから、自分に今起こっている現象が、一体何なのか理解できない。 とにかく、この目の前に現れた新メンバーだという男に、自分を気に入って欲しかった。 だから、そいつの意見に媚びるようなことまで言ってみたのに。 彼から返ってきたのは、蔑むような視線と絢流の存在を全否定するような冷ややかな言葉だった。 「この何も考えてない空っぽそうなのがボーカルか、うざっ…」 頭の中が真っ白になった。 湧いてきたのは、憤りではなく哀しみだけだった。 こんなカッコイイひととツインボーカルだなんて、すごい楽しみ、と思ったのは自分だけなのだ。 晶と絢流が並んで立ったら、すごく「()える」と思った。 絢流は自分が「綺麗」だということをよく知っていたし、だからこそロックバンドのボーカルとしては、少し異質だと言うことも感覚的に悟っていた。 ロックは本来、もっと男臭いボーカルのほうがいいのだ。 でも、この男と自分が並んだら、おそらくインパクトは半端ない。 自分一人で立つよりも、ずっとブリリアが締まるはず。 ツインボーカルがいい、という事務所の意見は、なるほど間違っていない。 画面(えづら)だけでなく、歌もそうだ。 どちらかと言うと高音が得意な自分と、晶のカッコイイ低音がハモったら、なんかすごくしっくりくる気がして、ワクワクした。 だけど、晶は、そうは思わなかったのだ。 絢流のことを認めてはくれなかった。 中学のときの、誰からも見向きもされなくなったあのときよりも、せつない気持ちになった。 いや、歌を聴いたら、もしかしたら。 そうだ、自分は綺麗なだけの人形じゃない。 歌さえ歌えば、きっと。 絢流は、顔を上げた。 そのとき、部屋のドアが開いて、席を外していた長峰が戻ってきた。 「どうかな?五人でうまくやっていけそう?」 彼はのんびりとそう無責任なことを言う。 「これね、君たちのデビュー曲の音源だから。これ聴いて予習しといて?明後日、とりあえずスタジオで練習開始ね?時間は後で連絡するから」 じゃあ、今日は解散。 ものすごくアッサリと、長峰はそう言って、さっさと部屋を出ていってしまった。 絢流は晶に何か話しかけようと口を開いたが。 さっきみたいに拒絶されるのが怖くて、言葉が出てこない。 おつかれさま、という一言すら声にならなくて。 晶は、相変わらず不機嫌そうな顔のまま、黙って片手だけ上げて、長峰に続いてドアの向こうに消えてしまう。 そのカッコイイ後ろ姿が見えなくなって、絢流は少し肩を落とした。 明後日。 明後日、晶の前で歌を歌えば。 あの不機嫌そうな王子様は、絢流を認めてくれるだろうか。 彼はぎゅっと拳を握って、そして、あー疲れた、と保を見上げた。 「タモツ、おんぶ…」 いつものようにそう言いかけて、語尾が掠れる。 見上げた保の顔が、いつになく強張っていたのだ。 絢流は、フイ、と視線を逸らした。 怖い。 たった今、晶にばっさり拒絶されたところなのに、更に保にまで見捨てられたら。 保だけは、何があっても最後まで絢流の味方でいてくれるはずなのに。 「アヤ、疲れたんか?」 保のほうを見られないまま、どうしていいのかわからずに立ち尽くしていた絢流に、いつもの保の声がかかった。 保は、背中を向けてそこにしゃがみこんだ。 「ほら、乗って。背負ってくから」 あんなに強張った顔をしていたのに。 もういつもの保だ。 絢流は、そっとその背中におぶさった。 保の声が、密着した身体を通して直接響いてくる。 「どーした、アヤ?なんかおとなしいけど、そんなに疲れたんか?具合でも悪い?大丈夫か?」 あの強張った顔は気のせいだったのだろうか。 絢流はその肩にぽてっと頬を乗せた。 「ん、疲れた。寝てていー?」 「うーん?背中(そこ)で寝るのはいいけどさ、落ちるなよ?アヤの綺麗な顔に傷でもついたら大変だし」 「ええ?人のこと落とすとかあり得ねぇし。タモツがしっかり持ってればいんだよ」 言いながら、ふと思う。 そうだよ、保のくせに、この絢流様を見捨てるとかあり得ねえから。 保はずっと、絢流の側にいなきゃダメだ。 絢流は、自分を背負う男の腰に足をガシリと巻き付けた。 「アヤ、それ、歩きにくいんだけど」 「だって落とされんのやだもん」 「落とすわけねぇだろ、大事なアヤを」 だからおとなしく寝てろって。
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