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4.栗橋大樹
鷹城、だって?
The Brilliant Futureはツインボーカルの五人編成でいく、と告げられた日、新たなメンバーとして紹介された男の名前を聞いて、大樹は僅かに眉を顰めた。
彼の片想いの相手――本宮陽太の恋人が、確かそんな名前じゃなかったか。
オリブルの事務所、つまり自分たちの事務所の社長も「鷹城」だ。
そんなによく聞く名前ではない。
これは偶然なのか?
あの恋敵は、もしかしてとんでもない相手なのではないか。
大樹は、目の前の新メンバーをじっと眺める。
陽太の恋人はハーフなのか、外国人ぽい見た目と色彩だった。
あの派手な色合いばかりが印象的で、目の前の男と顔立ちが似ているかどうかよくわからない。
デビュー曲のデモが出来上がってきているから、各自聴いておいて、と音源を渡されての帰り際。
大樹は、あのさ、とその男を呼び止めた。
「何?」
鷹城晶、という男は、終始不機嫌そうだ。
ソロで歌っていたのに、いきなりバンドに放り込まれたのだ、それもまだデビュー前の、売れるかどうかもわからないバンドだ。
そりゃあ、気分はよくないだろう。
「あのさ、あんた…」
「あんたは止めろよ、一応メンバーになるんだろ、アキラでいいよ」
ホントは俺のほうが年上だから呼び捨てもウザイけど、まあそこは譲ってやる。
なんだか偉そうに言われたが、元々大樹はあまりそういうことには拘らない。
というか、他人には全く興味がないので、正直呼び方とかどうでもいいのだが。
「じゃあ、アキラ」
「ふん」
「あんたの名字って社長と同じだけど、親戚とか?」
結局「あんた」呼ばわりしてしまった。
そして、晶がすっごく嫌そうな顔をしたのは、あんた呼ばわりのせいではなかった。
「……あー、やっぱソコ、気づく?」
他の連中はおめでたいから気づかなかったのか、そもそも社長の名前も知らないのか、完全スルーだったのに。
「だからフルネームで紹介すんなって言ったのに、長峰のやつ…」
ブツブツと担当社員への呪詛を呟いて、彼は諦めたように認めた。
「社長は俺の親父」
大樹は、うーん?と考える。
そもそも、契約書だなんだに書いてあったから社長の名前は知っていたが、実は彼らはまだ社長本人に会ったことがない。
社長は会いたがっているようなのだが、スケジュールが合わなくてなかなか実現していないのだ。
だから、鷹城という名前が急に周りを幾つもウロウロし始めて、もしかして陽太の恋人が事務所の社長なのかと一瞬疑ったのだが、さすがにこんな大きな息子がいるようには見えなかったし、息子がいるなら陽太と同棲しているのもなんか違う気がする。
そもそもこんな大きな事務所の社長が北海道在住とかはナシか。
それなら、陽太の恋人の名前も「鷹城」だというのは、単なる偶然?
というか、発音が同じなだけで「鷹城」とは限らない。
大樹はそいつの名前を、字面で見たことはないのだ。
ただ、陽太が、その柔らかい優しい声で「たかじょうさん」と呼びかけているのを聞いただけだ。
「高城」かもしれないし「鷹匠」とか「高篠」とか「高上」だって有り得る。
もしかしたら、「たかじょう」が名字ではなく下の名前なのかもしれないし。
だから、社長の名前を書類で見たときも、すぐには陽太の恋人と結びつかなかった。
でも、晶の名字を聞いた瞬間、三人の「たかじょう」が同じ「鷹城」なのではないか、と思ってしまったのだ。
偶然という言葉で片付けてしまうには、何か引っかかる。
「社長の息子だからって、コネだけでこのバンドに入れて貰ったとかじゃないから、安心しろよ…って言っても、お前らが信じるかどうかはわかんないけどさ」
言い訳のようにそう続けた晶が、そこで大きなため息を吐いた。
きっとこの男は、売れれば売れたでコネだから、と言われ、売れなくなれば売れなくなったでやっぱりコネだから、と言われ続けてきたのだろう、諦めのこもった深いため息だ。
「別に、コネかどうかが気になったわけじゃねぇよ」
だから、大樹はそう言った。
そして、なんと訊けば、陽太の恋人のことがわかるのだろうかと少し悩む。
そいつの下の名前さえも知らないからだ。
「そのさ、あんた…じゃなくて、アキラの親戚で、今、北海道に住んでるやつ、いる?」
途端に晶が警戒する顔つきになった。
「え?なんで?」
あまりにも尖った声で聞き返されたので、大樹は驚く。
彼の顔にはあまり表情が出ないので、たぶんそうは見えなかったと思うけれども。
「いや…その、地元で、鷹城って名前の知り合いがいたから、珍しい名字だし、なんか繋がってんのかなって思っただけ」
モゴモゴとそう言いながら、逆に、これはやはり何かある、と思う。
陽太の恋人は、この事務所と深い繋がりがあるのではないか。
それも、こんなに過剰反応するところを見ると、何かトップシークレット的なものを孕んでいるのかもしれない。
あれほど自信満々に、オリブルを超えるほどの男じゃないと陽太には釣り合わない、と言っていたのは、そこに起因しているのだ。
まさか、陽太から大樹を引き離すためだけに、バンドをスカウトさせたわけではないだろうが。
このスカウトが、純粋に演奏が認められたのではなかったのだとしたら、大樹は自分のトラブルに他のメンバー達を巻き込んでしまったことになる。
みんな、デビューに浮かれて進学はしない、という選択をしてしまったのだ。
どう責任を取ったらいいというのか。
いや、どんな裏の駆け引きがあったかはどうでもいい。
デビューできることになったのは紛れもない今の現実だ。
自分にできることは、最高のパフォーマンスをして、このバンドを高みへ昇らせることだ。
掴んだチャンスを確実にモノにして、のし上がってしまえば、そうすることが、バンドのメンバーへの責任も果たすことになるし、自分の欲しいものを掴み取る結果にも結びつく。
オリブルを超える男になって、あのひとを、振り向かせて見せる。
大樹は、訝しむような視線を投げてくる晶の肩をポンと叩いた。
「つまんねえこと訊いて悪かった、アキラ」
陽太の「たかじょうさん」がどんな男かなんて関係ない。
「どうしても、オリブル超えたいんだ、俺……あんたの歌声にも期待してるから」
よろしく。
そう呟くと、晶は少しびっくりしたような顔をした。
それから、軽く肩を竦める。
「そっちこそ、お前のギター、スゲェって聞いてる……だから、その、ヨロシク」
幾分照れ臭そうに、彼はそう言って、さっさと歩き去ってしまった。
彼にも、何か背負うものがあるのかもしれない。
大樹はそう思って、しばらくその後ろ姿の消えた廊下で佇んでいた。
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