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5.鷹城晶
「はあ?何ソレ!今更俺に、デビュー前のお子様バンドに入れっての?」
晶は、イライラと叫んだ。
バンッと目の前の机に両手を叩きつける。
しかし、業界屈指の芸能事務所Johプロモーションの社長である父親は、顔色一つ変えない。
息子の癇癪には慣れっこなのだ。
「次が最後のチャンスだ、晶。これでダメなら、もうスポットライトが当たる仕事は諦めて、裏方の仕事を手伝え…いい加減、後継教育を始めないと、お前をあまり遊ばせておくわけにはいかない」
一方的にそう告げられて、晶は子どもみたいに地団駄を踏んだ。
「ふざけんな、誰も跡継ぐなんて言ってないっ」
だいたい、俺よりもっと適任がいるだろ、セージとか!
「私も継がせられるものなら青磁に継いで貰いたいよ…でも、彼はどうしても嫌だと言うんだから仕方がない」
あまり無理強いして臍を曲げられて、作曲やプロデュース業もやらない、と言い出されたら、それこそ事務所存続の危機だ。
今の事務所があるのは、彼の功績に頼るところが大きい。
「俺だって、どーしてもやだ」
「だから、チャンスをやると言ってる。今度のバンドが成功したら、そのままエンターティナーとして生きればいい。会社は継がなくていい。お前の好きにしろ」
父親は、そう言って話は終わり、とばかりに机の上の書類に目を通し始めた。
晶はそんな父親に食い下がる。
「そんなの、無名の新人バンドなんかいきなり成功できるわけないだろ、ずりぃよ」
父は、チラリと視線を上げた。
「無名のバンドだけどな、青磁が見つけたバンドだ。デビュー曲も自分が書くと言ってる…その後の曲も、作曲は本人たちにやらせるけれど、プロデュースは引き受けるそうだ」
その意味がわかるか?
言外にそう匂わされ、晶は黙る。
現在の事務所の稼ぎ頭である国民的バンドOriental Blueは、彼の従兄弟である鷹城青磁が全楽曲を手がけ、プロデュースしている。
ここ何年もの間、彼らの人気は衰えることを知らず、今や日本中のバンドマンたちの目標であり憧れであると言っても過言ではないぐらいだ。
その仕掛人の青磁は、オリブル以外のアーティストにはほとんど楽曲の提供をしていない。
事務所がどうしても、と頼み込んだ場合に限り、単発で提供したことがあるのが片手で数えられる件数ぐらいだ。
そういう晶も、三年ぐらい前に一度だけ、曲を作って貰ったことがある。
その曲は爆発的にヒットした。
しかし、その後はどんなに頼んでも青磁は曲を作ってくれず、結局晶は「一発屋」という不名誉なレッテルを貼られ、時の波に押し流されて消えていきそうになっている。
鷹城青磁という天才は、凡庸なものをも高みに押し上げ、時代の寵児にすることなんて朝飯前なのだ。
その青磁が、新たなバンドに全面的に携わるということは、そのバンドが第二のオリブルに化ける可能性があるということだ。
「わかったよ…」
晶は、そう呟いた。
「なら俺は、そのバンドで、オリブルを超えて見せる」
それなら文句ないだろ?
二度と俺に跡を継げとか言うなよ?
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