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3.佐々木絢流
佐々木絢流は、小さな頃からずっと、周りからチヤホヤされて育ってきた。
彼は四人姉弟の末っ子で、上は三人とも姉という環境に生まれた待望の男子だった。
その上、高校生になった今でも綺麗だともてはやされるその容貌は、幼少期の頃は天使のように愛らしかった。
更に、絢流は一人だけ歳が離れていたものだから、三人の姉たちはこぞって絢流の世話をしたがり、待望の男子に歓喜する両親も含め、家族中から溺愛される幼少期を過ごすことになったのは、彼には回避しようのない出来事だったと言えよう。
その結果、楽しいことが大好きで、自分では難しいことを考えようともしない、ワガママで能天気なお姫様が出来上がったとしても、それは仕方のないことだったのではないか。
いつだって絢流はみんなの中心で、にこやかに笑っていればなんでも周りの人がやってくれたのだ。
少しぐらいのワガママなら、嫌な顔一つされずに許容されてきたし、難しいことは何も考えなくても、周りが全部お膳立てしてくれて。
しかし、さすがに成長して中学生ぐらいにもなると、綺麗なだけではチヤホヤされなくなってくる。
ワガママで中身のない綺麗なだけの紙切れのように軽いお人形さんは、中学生という世の中をナナメに見たがる独特の年代の子どもたちの中にあっては、一緒にいても面白くない、なんか疲れる、相手するのめんどくさい…と敬遠されるようになって。
でも、歌を歌ったら。
当時、中学生にも人気が浸透しつつあったオリブルの歌を、深い意味はなく単に鼻歌を歌うような感覚で、体育の着替えのときだったか、掃除の時間だったか、もう覚えてもいない日常の中で歌っていたら。
スゲェ、お前歌超うめぇじゃん?と、また、周りに人が集まるようになってきた。
綺麗なだけでは飽きるけれども、そこに歌が上手いという付加価値がつくと、周りの人の関心を引けるのだ、と絢流は悟った。
バンドを組もう、と思いたったのは、それからだ。
歌を歌っていれば、周りから優しくして貰える。
少しぐらいのワガママも、アーティストってそんなもんなの?と許して貰える。
なんでも思い通りになった子どもの頃みたいだ。
つまんないやつ、と置いていかれ、独りぼっちにされることもない。
高校生活は、バンドのおかげですごく楽しくて充実していた。
仲間やファンができて、さみしい思いをすることもなくなって。
だから、受験したいからバンド活動はしばらく休みたい、と大樹に言われたときは、目の前が真っ暗になるほどショックだった。
絢流は歌っていないと価値がないのだ。
歌っていないと、周りからまた人がいなくなってしまう。独りぼっちにされてしまう。
進路が決まってからまた集まればいいだろ、と言われ、大樹にめんどくさいやつだと思われて見捨てられるのが嫌だったからしぶしぶ頷いたものの、正直、バンドがなくなったらどうやって毎日を過ごしたらいいのか全くわからなくて。
大丈夫、俺がずっと一緒にいるし、アヤは難しいこと何も考えなくていいから、進路も俺と一緒にしとけばいいじゃん?と保に宥められ、その腕に抱きしめられて、少しホッとして。
でも、その保だって、歌わない絢流にいつまで飽きずにいてくれるかなんてわかるはずがない。
保にも見捨てられたら、いよいよ絢流は独りぼっちだ。
これからどうしたらいいのか、も全然わからない。
最後のライブは全力で歌おう、そうしたらもしかしたら何かイイコトがあるかもしれない。
一度は見放して去って行った取り巻きが、歌を歌ったら戻ってきたときのように。
そう思って、最後のライブは気合い十分だった。
そしたら、まさか、本当に奇跡が起きたのだ。
あのオリブルのアオイと一緒に歌うことができるなんて。
そして、翌日から事態は一変した。
ひっきりなしにデビューしないか、契約しないか、と誘われ請われ、絢流は有頂天になった。
デビューすれば、ずっと歌っていられる。
そして、歌っていられれば、みんなからチヤホヤされ、大事にして貰える。
独りぼっちになんて、ならない。
難しいことは事務所やマネージャーに任せればいいから、何も考えなくてイイ。
与えられるものを享受して、楽しく過ごしていられるのだ。
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