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*3*
結果として、空良とその式獣は、遅れて到着した消防隊員と共に、10分足らずで建物内に取り残されていた人を全員無事に救出することに成功した。
棚の下敷きになっていた男性のほか、2階では軽傷の男性一名、女性一名を、3階では爆発の衝撃で転び、足を挫いて動けなくなっていた中年の女性を一名発見。
爆発の大きさの割に被害が比較的少なく済んだのは、中に入っている事務所の大半が十時からという勤務体制だった為、出社してきている人が少なかったからだった。
負傷者たちの搬送を追え、周囲の混乱が落ち着き始めた頃、救助活動の途中で建物の外へ追い出され、野次馬と同じように呆然と眺めているだけになっていた遥は、空良の姿を見つけ、駆け寄った。
「あの……さっきはお役に立てなくて、すみませんでした」
式獣使いとしてのレベルの違いを肌で感じた遥は、素直に頭を下げていた。
しかし一方で、時限爆弾を解除したことは褒めてもらえるのではないか、という考えを抱いていた遥は、頭上から降ってきた言葉に愕然とした。
「配属早々クビになりたくなければ、以後一切の勝手な行動は慎んでもらうぞ」
「か、勝手な、って……人助けしたのに、ですか?」
「何の情報も装備もなしに現場に飛び込んだ挙句、自分も救助される側に回っておいて、人助けしただと? 笑わせるな」
「でもっ、時限爆弾の解除はしたわ!」
あの時、救助隊が来るまで待っていたら、間違いなく二度目の爆発が起きていただろう。
周囲への被害は想像するだけで恐ろしいものだし、建物内から逃げ遅れていた人たちの救出も手遅れになっていたはずだ。
そう考えると、遥はあの時の自分の判断が間違っているとは、どうしても思えなかった。
しかし、空良は遥の報告に眉をひそめる。
「時限爆弾?」
「え? あの、1階の奥に、そのまま残しておいたんですが……」
「何わけのわからないことを言っている。そんな物、現場には無かったぞ?」
『なんだと!? オイラたちは間違いなく時限爆弾を……』
彼に聞こえていないだろうスピカの反論は、呆れ顔の空良にあっけなく流された。
あれが、夢や幻だったはずがない。
ならば、何故――?
解除した爆発物は、事件性がある証拠として現場に残してきた。
だが、救助活動で建物内を見回っていた空良が、気づかなかったはずもない。つまり、何者かが、解除された爆発物を持ち去った――?
遥とスピカは同じ考えに辿り着き、目を見合わせる。
「とにかく、これは訓練じゃないんだ。上司の命令に従えないようなら、もう一度、式獣学校へ戻って、その甘い考えを叩きなおしてくるか、今すぐに式獣使いを辞めることだな」
「嫌です! 私は、立派な式獣使いになってみせるんですから!」
遥がとっさに睨み返しながら言った瞬間、空良の瞳に冷たい炎が燃え上がった。かと思うと、力強く路地の外壁に押し付けられた遥は、何が起きたのかわからないまま、耳元で囁かれた言葉に絶句した。
「いいか、この仕事が夢や希望だけで務まると思うなよ」
「なっ……」
『あの! 空良さま……あの、ビルの管理人の方が呼んでおられますが……』
白犬の姿をした式獣の、少し怯えたか細い声が聞こえる。
さっきといい、今といい、この式獣はタイミング良くも悪くも、会話に割り込んでくる。まるで、遥とこの絆侶の青年の距離を、引き離そうとしているかのようだ。
遥が白犬の様子をチラッと窺うと、なぜか淋しそうな瞳を青年に向けているのが見えた。
「ああ、今行く。渡月、キミは早く署へ行って、絆侶の手当てでもしてやったらどうだ」
空良はそう言うと、何事もなかったかのように踵を返し、己の絆侶に案内され、壊れたビルの方へと歩いていってしまった。
『……何だよアイツ、偉そうに! それに、あれが今日配属されたばっかりの新人に対する態度かよ! 厳しすぎじゃね?』
スピカのケガが気付かれていたことに驚き、呆然としていた遥は、激昂しているスピカの声にハッと我に返った。
「ほ、ホントよ! 何よ、女の子みたいな顔しちゃって、年だって私と大して変わらないわよ、絶対。なのに、なんでいきなり説教されなきゃなんないのよ! ねぇ、スッピー」
『ああ、全くだ。あんな奴置いて……』
ふと言葉を止め、勢いよく何かに視線を走らせたスピカを、遥は怪訝そうに見つめる。
「どうかした?」
『いや、なんか視線を感じたような気がしたんだが……まぁいい、早く彩瀬署に行こうぜ』
「そうね。スッピーの傷の手当て、早くしてあげたいしね」
かすかに手の甲に痛みを感じた遥は苦笑した。遥に痛みがあるということは、スピカも痛いと感じているはずなのだ。
『ほら、行くぞ!』
「うん!」
事故があったとは思えぬほど穏やかな春風の舞う中、一人と一匹は、再び彩瀬署へと向かって自転車を走らせたのだった。
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