地獄の下層にて

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なるほど地獄だった。酒場の客は誰もが悪魔や妖魅、真琴の価値観でいうといかがわしい連中ばかりだった。 早速莉里は周囲の悪魔達に囲まれていた。悪魔すら誑し込む魔性の幼児は大人化して担ぎ上げられていた。 「大した娘さんね。地獄の社会を満喫している」 ガイアは地獄の強い酒を飲みながら言った。 「ですが心配です。モノクルを外そうかしら」 「思った以上に平和な地獄の風景だな。取っ掛かりとしてはあの娘にも悪くはあるまい。地獄の沙汰も何とやらというが、持ち合わせはあるのかね?地獄にも通貨はある。支配領域でしか通用しないが」 「ヘルが持たせてくれたわ。地獄じゃお金には困らないわ」 「ルルドさん。そうお呼びしてよろしいでしょうか?」 意を決したように真琴は言った。ガイアと真琴は、しばし見つめ合った。 「いいわよ。聞きたいのは降魔のことね?」 「ええそうです。貴女に何があったのでしょうか?」 ガイアは、グラスの酒をランプの火に透かして、呟くように言った。 「降魔とは、私が高校生の頃に出会った。今考えても彼は超然としていた。私達は都内の進学校に通っていた。私は当時、校則に従いお下げを下げた眼鏡の陰気な娘だったわ。降魔は当然のように私の隣に立っていて、どんどん私の中に入ってきた。高校生の社会は不安定で、それでいて閉鎖的でもあった。誰も彼も本音では男女関係を夢想しながら、実際に関係を持ったことのある人間には冷たかった」 ドッと嬌声が沸いた。莉里が足を組み直したのだった。真琴は人知れず苛立ち、ガイアは平然と続けた。 「私は中学生の頃、既に男性を知っていた。相手が誰かはあまり言いたくないわ。抑圧された生活の末に、私はそれを当然として受け入れていた。高校入学と同時に関係は途切れた。クラスメイトは誰もが私をそういう目で見る中で、降魔は私を純粋にスポーツの先達者のように捉えていた。一応私にとっては初恋になるのかしら?二、三度のキスのあと彼の家に行った。降魔はまるで恒星炉(永久機関)でも積んでいるのかというレベルで貪欲に私が培った経験を取り入れていった。私の体のどこが弱いのか、どう攻めるのか。彼は異様に覚えが早かったわ。例えば私のお尻を縦に舐め上げるとどうなるか知ったのが大きかった」 真琴は、モノクルを外したくてウズウズしていた。異世界の神とて夫の昔の女に違いなく、猛烈な嫉妬心と戦っていた。 「トキさんに家を追い出されたそうですね。以降二度と出会わなかったと」 「まあね。あの婆さんが私を脅かし、追い散らされた。降魔とはあっけなく終わった。すると、次は貴方だった。慰められた末、私は細君の愛人になった」 神となった若い娘の人生が加速していくのが解った。 「高校を中退することになった私はお下げ髪をやめ、細君好みの下着と服を着ていた。細君は資産家に似つかわしい大量の金で私を買ったのよ。気がついたら美容の世界にいた。私が二十歳を超えた頃、私は全国でも珍しいネイルサロンの経営者になっていた。そこで、細君の死を知った。死因は心不全だったわ。同時に、私以外の愛人がいたことも解った。1999年のことだったわ」 細はどこ吹く風だった。その愛人が生身の人間だったのか女妖魅だったのか知れたものではなかった。現に細の視線は、酒を持ってきた酌婦の女悪魔の尻に向けられていた。 「その年の七月だったわ。会社帰りに自宅マンションの入り口に立った時、気がついたらそこに、アースツーにいたのよ。そこはまさに奴隷売買の中心地だった。訳が解らない内に男達に羽交い締めにされ、公衆の面前で寄って集って好き勝手にされた。その頃のアースツーはまだ未開で、奴隷制度がまかり通っていた。私は何も知らないまま奴隷にされた。今から三百八十年前だった。私は世界どころか時の流れすら超越していたのね。80年経った時、世界は魔王に征服されて、私は流しの占い女だった。つまるところ職業娼婦をしていた。気がつけばずっと昔から私はそういう女だった。それ以上の説明は要らないわね。私は魔王を討伐し、アカデミーの校長を経て神ガイアになった」
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