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可愛い来訪者
秩父の山の中に、鬼頭が用意した島原母娘の隠棲場所はあった。山深い山林に覆われた古刹。名を、鬼怒寺と言った。
本来禅寺は女人禁制であるのだが、かかる状況の苛烈さと、勘解由小路流紫降の意志、何よりも鬼頭の存在が、閉ざされた山門を開くに至っていた。
寺院に入り、入り口にいる者を見て、鬼頭は固まっていた。
出迎えた相手は、指を咥えてこう言った。
「パパー。ぎゅー」
座っていた赤ん坊が手を伸ばしていた。
「まあ可愛い」
島原志保は嬌声を上げた。黒髪の艶やかな赤ん坊を、志保は抱き上げた。
「パパー」
「んー。パパじゃないんだけど。パパはどこ行ったのー?」
夏帆を抱いていた真帆は、赤ん坊を観察していた。一歳ちょっとくらいか。まだ言葉少なで、確かに可愛い子だった。特にヘーゼルの瞳がキラキラしていた。
おかしな赤ん坊だった。着ている産着は上等のシルク製に見えた。背中のアップリケの可愛い熊は妙に手作り感があった。
「ママ。その子何者?背中の熊は可愛いけど。誰が作ったの?お手製っぽいけど製作技術が物凄い高い」
「さあ。解らないけど。今の世の中何でもありだと思わなきゃ。あらあら、私のうなじクンクンするのね。私臭い?」
「うっきゃあ。ママ」
何か棒読み気味で志保は受け入れられたのだった。
そうしていると。背後からクンクンされた気配がした。
ビクッと振り返ると、3歳くらいの女の子が別の赤ん坊を抱いて立っていた。
「カノンちゃんが受け入れたってことは、いい人っぽいわね。ほらカノンちゃん、パパは今神界にいるのよ。会ったことあるでしょ?カリクスの爺ちゃんに会いに行ったのよ」
「うぷー。とう」
赤ん坊が何かをぶっ放し、玄関前に大穴が開いていた。
「ごめんなさいね。ママが死んじゃって、今パパも一時的に死んでるからちょっと機嫌が悪いのよ。基本的に女の人には何もしないから安心して」
鬼頭は露骨に警戒して言った。
「お、お前は何だ?建仁様は?」
「ああ。寺は完全に掌握した。禿げた人とか天狗っていうの?禿げた爺ちゃんは私の軍門に下った」
あっさりとんでもないことを言う幼児の姿があった。そう言えば、この子は腰に剣を下げていた。幼児は更にとんでもないことを言った。
「私は異世界アースツーの学園国家アカデミーの第一王女クリステラ・エルネスト。今ちょっとアースツーが滅亡しちゃったんで、こっちに疎開してきたんだけど。ちなみに知ってる?パパはジョナサン・エルネストって言う勇者で、アカデミーの国王やってるんだけど。状況を打開する為に奔走してるみたいね」
確かに、何でもありな状況に違いなかった。
「奥へどうぞ、眼鏡ママさん。その赤ちゃん産まれたばかりでしょう?話を聞かせてちょうだい」
よく解らないが有無を言わさぬ様子で異世界の王女は言ったのだった。
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