ニュクスの宝石箱

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ニュクスの宝石箱

ヤコの言葉は正しかった。 かつて、マルガレーテ・エリュシダールという名であった闇の女神ニュクスは、ヤコが用意したベッドに寝転がり、彼女の言葉通りフテ寝をしていたのだった。 「簡単に終わらせちゃったわね。王宮含めて何もかも。そうでしょう?ユノ」 ニュクスの掌には二つの小さな闇があった。 かつて娘のように抱きしめたことのある命と、かつて一人の男を取り合った女の命が、闇の中にあった。 既に取り返しのつかない死んでしまった命だった。地獄にも行けず、神界にも行けず、宙ぶらりんになった命。 私の世界には煉獄はないのよね。煉獄があれば手ずから投げ落としてやったのに。 様々な複雑な感情は、しかし前世の記憶にも似ていて、ニュクス本人にとってはなんの感慨もない。事実として知っているだけのことだった。 マルガレーテが自らの命を絶った時、ニュクスはただの形を持たぬ闇だった。 マルガレーテの心の深い闇がニュクスを呼び、一つになった時、ニュクスの意識とマルガレーテの意識は融合した。 今のニュクスは、神としての力を手に入れたマルガレーテでもあった。 でも、このお腹、二の腕、二重アゴはいただけないわね。 それをした後、ニュクスは我が子を呼んだ。 「タナトス。いるの?」 「お呼びーーですか母様」 タナトスが瞠目したのが解った。 「そんなにおかしいの?」 「そのようなことはございませんが、しかし、貴女は本当にお美しい。まるで夜の闇をヒラヒラと漂う黒揚羽のようです」 「体が軽くなって、とても軽やかな気分よ。ねえ、この魂あげるわ。好きにして頂戴」 「この二つの魂は、貴女様に縁浅からぬものがあると。そのままの方がよろしい。美しい魂です。さぞかし貴女様を美しく飾りましょう」 タナトスは、二つの魂を美しい黒いダイヤのイヤリングに変え、恭しく差し出した。 闇のドレスを纏っていたニュクスは、受け取ったダイヤを部屋の明かりに透かした。 「極上の魂は、極上の輝きを示す。貴女達は素敵よ。赤ん坊を残して死んでしまった魂は、こうも光り輝くのね。見えたわタナトス。私の行くべき道が」 イヤリングを耳に飾ったニュクスは、スッキリした体型で、タナトスにこう言った。 「この世界には多くの愛が溢れている。全ての魂を美しい宝石に変えていって。貴方にはそれが出来るわね?タナトス」 「誇りにかけて誓いましょう。無数の輝きを貴女に。この世界の魂は、全て貴女の宝石箱に。母なるニュクスよ」 タナトスは、心が昂ぶっていくのを感じていた。
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