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「ばかじゃない」
顔を横へそらして、私は答えた。
「怒ったの、蝶子ちゃん」
「怒ってない。それ、本当に信じてるの、」
「だってみんないってるよ。蝶子ちゃんの血の色は、青なんだって」
冷淡。冷血。冷酷。ひとでなし。かげ口なんて、本人に伝わるためにいうものだ。だから全部つつぬけだし、わかっている。
校外学習で行った原爆の写真展。みんなはこわいだとか悲しいだとかいって、まともに見ようとはしなかった。泣きだす子や気分が悪くなってしまった子もいて、後で保護者から苦情がきたらしい。男子は落ちつきなくふざけて先生に叱られたり、変に強がったりしていた。
私は特にみんながこわがって、近づきもしない写真を、一人だけじっくりと眺めていた。たった一瞬で、かけがえのない人格を奪われた少女。想像をはるかにこえた現実があって、それは永い時の流れに漂白されることなく克明に私たちに訴えかける。私はその声を聞きたかった。ひとひとりでは立ち向かえない圧倒的な現実があることを、知りたかった。
蝶子、こわくないの。
離れたところから、訊かれた。
べつに、こわくないけど。
私の返答に、みんなは領域外のイキモノを見るかのような目つきになった。
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