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水族館デートのあと、ナナミは俺の部屋に泊まった。
もちろん、した。ごねる理由などひねり出せない。考えるのも面倒だ。
できるだろうかと懸念したが、杞憂だった。考えてみれば、あの夜以前だって、ほかに男がいると思っていたのだ。俺の下半身は逞しいというか、欲望の火がついたらそれ以外はどうでもよくなる。
さすがに、寝取られの性癖があるとは思いたくないが……。『兄弟』なんてあっちこっちにおり、ユウトも仲間だと気付いて滅入った。
後日、テレビを見ながらダラダラ過ごしていると、ナナミからLINEが来た。用件はなく、雑談だ。その中で彼女が書いてきた。
『明日、友だちとショッピング行ってくるんだー』
『とびきりかわいい服買ってくるね!』
『映画デートの日に乞うご期待!』
当たり障りのない返事を送る。文字の会話を終えてから、俺はケータイをベッドに放り投げた。
* * *
翌日の夕方、近所のスーパーで買い物をして帰宅する途中、電話がかかってきた。画面に表示されたのはただの数字の羅列。登録していない相手だ。
いつもは無視する。大事な用事なら、一度ぐらい出なくたってまたかかってくるはず。だが、このときはつい通話ボタンを押した。
出なかったら二度とかかってこなかっただろう。そのほうが正解だったのかもしれない。
ケータイを耳に当てた。
「もしもし?」
相手が分からないので、名乗るべきかも判断できない。電話の向こうは沈黙している。イタ電か? 悪意のある輩なら、一秒でも早く終了させるべきだ。
「切るぞ」
すると、女子の絞り出すような声が聞こえた。
『……待って、お願い』
電話だと誰か分かりづらいケースもあるが、このときは相手の顔がすんなり頭に浮かんだ。由良アヤカだ。
次の言葉を探しているらしい。こちらから尋ねた。
「なんで番号知ってんの」
『ユウトのケータイをこっそり見て』
そういうことをする子なのか、と意外に思った。モテる彼氏を持つと、こうなるのかもしれない。
ユウトはケータイにロックを掛けていないのか。もしくは、さらに一台、隠し持っているのか。
『いきなり電話をかけてごめんなさい。もう、どうしたらいいのか……。こんなの迷惑だって分かってるのに』
由良アヤカがなにを言いたいのかは分からないが、原因は思い当たる。俺だって今日、大学にいるとき、彼女がいないか構内を見回した。
手段を選ばず電話をかけてきたということは、勘は正しかったのだ。
いまごろ、ユウトとナナミは一緒にいる。おそらくラブホで。
ナナミはときどき、聞いてもいないのに行動予定を一方的に話すことがある。隠しているのだ、男との逢瀬を。俺が疑う素振りを見せないので、騙せたと思っている。
しかし、相手までは分からない。
真っ先にユウトではと疑った。だが、彼に探りを入れる真似はしなかった。第一、大学で顔を合せなかった。二人が会っているかどうかは、想像に過ぎない。
由良アヤカがこんな行動を取ったということは、ユウトにも疑わしい様子があったのだ。
現場を押さえたわけではないから、それぞれ違う相手と浮気している可能性もある。けれど、二人とも大学やバイトがあり、友人も多くて多忙だ。偶然の一致と片付けるには、タイミングが合いすぎていた。
この際、誰と一緒であろうとささいな問題だ。
俺と由良アヤカは、撫でるように打ちのめされている。どうすることもできないまま、明日になれば何事もなかったように振る舞うのだ。
ユウトに向かって懸命な笑顔を浮かべる由良アヤカに、胸が痛んだ。同時に理解する。俺は、自分をかわいそうだと思っているのだ。
打開策などない。彼らを責めたところで惨めになるだけ。
自分を守っているのか? 傷つけているのか? 泥沼の世界から這い出ることができない。
俺はため息をついた。
「ナナミは今日、友だちとショッピングに行くって」
電話の向こうで息を呑む気配がした。
『わ、私、勘違いしてたかも』
この期に及んで、裏切った相手を信じるのか。
いや、疑うのは気力を消耗する。目を逸らしたいのかもしれない。それなら、電話をかけてくるべきじゃなかった。
「あいつが嘘をつくときは分かるんだ。俺にバレたら困ることをしてる」
相手が沈黙した。彼女に同情しているのなら、あの二人と一緒になって騙してやるのが親切だ。
だが由良アヤカが浮上したら、俺は沼底で独り。弱いこの手は藁をつかまずにいられない。
やがて震える声が流れてきた。
『志摩くん。私、すごくイヤなこと……これから言う』
俺は夕空を仰いだ。
「いまいるのが底辺だから、さらに沈む余地はない」
『もっと深い場所があるかもしれないよ』
「だったら、ここはまだ浅い世界だな」
『志摩くん……』
すがるようなつぶやき。由良アヤカは泣いていた。それでもハッキリ告げる。
『私と……寝て』
俺はしばらく返事できなかった。
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