望み

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望み

 大学のコンビニに入り、昼食を選んでレジに並んでいると、後ろで「あ」という声がした。振り返れば、ナナミが商品を手に立っている。  一緒に過ごすことはなくなったが、べつにケンカしたわけでない。構内ですれ違えば、会釈ぐらいは交わした。 「よう」 「久しぶり」  会話をするのは最後のとき以来だ。ナナミは短いやり取りで肩の力が抜けたらしく、落ち着いた口調で言った。 「よかった。返す物があるの。会計終わったら待っててくれる?」  俺は了承し、レジの順番が来たのでカウンターに商品を置いた。  店を出たところで待っていると、すぐに相手もやってきた。自分のバッグを開き、黒のワークキャップを取り出す。 「クローゼットの整理したら、奥に落ちてたの。ごめんね、ぜんぜん気付かなかった」  それは俺の物で、見当たらなくなって、なくしたと諦めたのだ。クローゼットに荷物を置いたときにでも落としたのだろう。  忘れかけていたから、思いがけず旧友と再会したような懐かしさを感じた。 「わざわざ悪いな。捨ててくれてもよかったのに」 「お気に入りでしょ」  俺はふっと笑って、受け取ったキャップをかぶった。  顔を上げたとき、なにか言いたげな眼差しとぶつかる。彼女はためらったのち、尋ねてきた。 「アヤカちゃんに告白するの?」  別れを切り出したとき、俺はそれまでの不満を口にしなかった。正直に「好きな人ができた」と告げた。  ナナミの知らない相手なら教える必要はないが、これだけ身近な存在だ。誰であるかも言った。ナナミは、ただただ驚いていた。  俺は芝生へ目を向け、肩をすくめた。 「告ったら振られた」 「えっと……大丈夫?」  俺は相手を見て苦笑した。 「なんでお前が心配してんだよ」 「ハルキが……あ、志摩くんが本気だと思って。うまくいかなかったらダメージ大きいじゃない。でも、余計なお世話だね。私が口出しする筋合いじゃないのに」  ナナミは申し訳なさそうな顔でシュンとした。俺はできるだけサバサバした声で言った。 「成功するなんて微塵も考えてなかったし。ほかのやつに答える義理はないけど、お前は聞いていい立場だ。気にすんな」  ナナミはいろいろ口にしたそうだったが、呑み込んで無難に励ました。 「志摩くんなら、素敵な彼女ができるよ」 「そう願うわ」  すると彼女は、ちょっとだけ淋しげな笑顔を浮かべた。それから、俺たちは「じゃあ」と別れた。  ナナミは有名人だから、破局の噂はまたたく間に広がった。周囲に説明する必要がなくて、ありがたいことだ。  彼女に言い寄る男は山ほどいるに違いない。いまのところ、新しい彼氏ができたという話は聞かない。  俺はここ最近、食堂やサークルを避けていた。そのうち先輩か同級生にサークル棟へしょっぴかれそうな気がするが、噂のおかげか、そっとしておいてくれる。  それでも、人の話はいつの間にか耳をかすめるものだ。  ナナミは前と同じように振る舞っているものの、空元気に見えるという。周囲は『二人が別れた』イコール『ナナミが俺を振った』と受け取ったため、彼女の様子を不思議がった。  最後の日、ナナミは俺の心変わりを静かに受け入れた。  ただ、表情はショックを受けているようだった。俺は「べつにいいよ」というアッサリした反応を想像したので、すこし戸惑った。  まるで、俺がいなくなる可能性を失念していたようだ。親しい友人が、急に転校することになったみたいな。  けれど、一からやり直すという選択肢はない。すくなくとも俺の中には。だから罪悪感を隠しつつ、ハッキリ別れを告げた。  気落ちさせた原因であっても、俺はなにもしてやれない。いや、してはいけないのだ。  彼女は大丈夫。周りにたくさん味方がいるのだから。  そもそも、俺にナナミを思いやるゆとりなどない。
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