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「前久保君、口笛吹けるんだ。」
驚くのは、そっちかい!
普通に考えたら前久保がごまかしたってところに反応して、俺の足は遅いって気づくべきだろ!
「うまいね。その曲、何?」
「ベートーベンの『運命』。」
ウソだな。
この口笛のメロディーは、運命のメロディーとはかなりはずれている。
きっと適当に吹いているだけだ。
突然聞かれて戸惑った前久保は、とりあえず知っている曲を口に出しただけだろう。
それなのに単純な永元は
「ふーん。何か私が知ってるのとは違うけど、すごいね。」
素直に感動している。
しかも、本人はその気はないだろうがさりげなく「私が知ってるのとは違う」なんて無邪気に言っているから、前久保もあせっている。
こういうところだ。
俺たち二人が世話の焼ける赤ん坊みたいだと永元に対する認識を抱くのは、本人はその気がないのに痛いところを無邪気な笑顔で突っついてくるこういうところなのだ。
「あー、何でもいいや!永元、早く出発しろよ。後ろをついてくから。」
だんだん考えるのが面倒になってきた俺は、半ば投げやりに言った。
こうなったら、もう「どうにもなれ!」だ。
「あっ、本当?ごめんね、私ばっかり自転車に乗っちゃって。」
今言う事か?
普通俺たちが徒歩だってわかった時に謝るだろ。
このタイミングで謝る事ってないだろ。
「じゃあ、しゅっぱーつ!」
嬉しそうな声をあげ、永元が自転車をこぎだした。
前久保と俺も後に続く。
全く……本当に疲れる。
だけど同時に、ちょっと楽しい気もしていた。
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