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さて当日になり、いよいよカーニバルに出発である。
このカーニバルの語源は、ラテン語のカルレム・レバーレ、肉を断つという意味である。
キリスト教では、復活祭までの40日間を四旬節と呼ぶ。
この日を境に肉を断ち、世俗的な楽しみを控えるというわけだ。
そのため、カーニバルは四旬節を前に大いに騒ぎ、遊び尽くそうと生まれた祭りなのである。
「すごい人出よねぇ!みんな着飾って素敵なドレス姿がたくさん!!」
嫁は肩にピヨちゃんを止まらせたヘルバを連れて、下宿を早めに出た。
2月末のヴェネツィアの空は、雪こそ降っていないが青空とはほど遠い。
上空は見渡す限り白い雲に覆われ、曇天からは鈍い日の光が差す。
その上に風も冷たい。
それにも関わらず、嫁たちの気分は浮き浮きと最高潮であった。
「クラーラさんのドレスも、とても素敵です」
「ピヨピヨ!」
ピンク色のふわふわドレスのお姫様ヘルバに、黒騎士ピヨちゃんも元気いっぱいに同意した。
「あ、あら!2人とも本当にそう思う?いいのよ、お世辞なんか言わないで」
そう言いつつも、嫁もまんざらではない。
何せ彼女の衣装は本人も納得の、渾身の出来栄えだったからである。
ふさふさの羽根飾りの付いた帽子に、フリルのたっぷり付いた真っ赤なドレス。
帽子を含めて仮面を除けば、全身を赤でコーディネート。
ただし、フリルはすべて純白の縁取りという懲りようであった。
「赤い海を治める、海の女王様みたいです」
「まあ!この白い縁取りが、波をイメージしたってわかるの!?ヴェネツィアは海運の国ですものね!さすが、私のヘルバだわ!もう!可愛い上に本当にお利口さんなんだから!!」
自身の秘めたる意匠を理解してもらい、感極まった嫁はひざまずくと、ヘルバをぎゅっと抱きしめた。
一方、少女の肩に止まっているピヨちゃんは、
「何だか、赤潮みたいなお洋服だね」
と言ったが、ヘルバはこの感想だけは嫁に通訳しなかった。
「さあっ!カルネヴァーレを満喫しに、サン・マルコ広場に繰り出すわよ!!」
「はい!」
「ピヨピヨピヨ!」
嫁はカーニバルをイタリア語で発音すると、決意も新たに勢いよく立ち上がる。
そしてヘルバの手を引いてドレスの裾を翻し、石畳を颯爽と歩いていった。
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