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焼肉
赤提灯の居酒屋や、飲食店が立ち並ぶ、大学近くの通りを、童顔の青年が歩いていた。
青年は、通りの中程にある、2階に位置する焼肉店へ入る。
店員に「待ち合わせです」と伝えると、奥のボックス席へと通された。
席では、黒く長い髪を後ろで一括りにした男が、ビールを飲みつつメニューを巡っている。
「あー!先に飲んでる!ズルい!!」
童顔の青年が席に着くのには目もくれず、男は通りかかった店員に「とりあえず、厚切り牛タン塩、牛カルビ上、ロース2人前ずつ」と声を掛けた。
それを聞いた青年は、
「あ、生チュー1つと、シーザーサラダもお願いします」
と追加注文をした。
男はメニューを閉じると、煙草に火を付けた。紫煙が、整った顔立ちを際立てる。
「とりあえず乾杯」
青年が音頭を取り、2人は申し訳程度に杯を合わせた。
男はビールを一口飲むと、既に半分焼き上がったタン塩をレモン汁に付け、口に運んだ。
「早いですよー!まぁ、牛だから死にはしないですけど」
そう言って、青年も牛タンを口に運んだ。
爽やかなレモンの香りと、甘い牛の脂肪が舌先で程よく絡まる。それをビールで胃に流し込んだ。
ふう、と一息吐いた青年は、ふと黙り込んだ。元来無口で無表情な男も、いきなり黙り込んだ青年を見遣る。
と、青年は男に向けて頭を下げた。
「この前は、ありがとうございました」
男は、豆鉄砲を喰らった鳩のように、普段感情の乏しい目を真ん丸にした。
◇
話は1週間ほど前に遡る。
男と青年は、ある大学生の依頼で、その学生が住む部屋で起きるという怪現象の原因について調査していた。
ところが、その大学生というのが、飛んだボンクラだった。
妊娠した彼女を見捨て、連絡を絶って両親に勘当された。挙句、バイトをする訳でもなく、金がないから、とひたすら怪現象のある部屋に住み続けようとしていたのだ。
結局、そんな所業を恨んだ彼の友人達が、彼を貶める為に仕組んだのが怪現象の大体の原因だった。
もう半分は……。
その最中、青年はそのボンクラに夜中に罵倒される羽目になった。
調査はなるべく相手に失礼の無いようにしていたが、そんなことは初めてだった青年は、酷く困惑した。
ボンクラは電話に出てくれず、途方に暮れた青年に手を差し伸べたのが、長髪の男だった。
普段の調査では、男は誰かに指示をすることに終始してる。
そうして、集まった情報を精査し、論理を組み立て解明をするのが、男の仕事だった。
だから、今回相手にそんな態度を取られたことで、男は青年と、そして依頼してきたボンクラを見捨てる、と思ったのだ。
しかし、男はそうはせず、追加調査が終わった後、青年の代わりにボンクラに電話をした。
正直、あんな腰の低い男を、青年は初めて見たのだった。
◇
そんな青年の気持ちを知ってか知らずか、感謝の気持ちを口にした彼を一瞥した男は、牛カルビ上を次々と網へ運んだ。
そんな男の様子を見た青年は、「相変わらず、こんなもんか」と、少しだけ肩を落とした。
すると、男はカルビを只管網に運びながら言った。
「そんなこといいから、黙って食え。
俺は、奢りってだけでこの場所に来てるんじゃ無いんだからな」
正直、耳を疑った。
男が、今までこんなことを言うのを聞いたことがない。
正直、明日槍でも降って死ぬのでは無いかと、青年は感じた。
「明日、僕死ぬんですかね?」
「…は?」
「西念さんが、そんなこと言うの初めて聞いたんで」
男は深い溜息を吐くと、箸で青年を指し示しながら(行儀悪く)、言った。
「お前は、俺を、何だと、思ってるんだ」
「鬼」
「……」
間髪入れずに答えた青年を一瞥すると、男は網の上のカルビを、全部掻っ攫った。
「ああーーー!!!」
男は、そう悲鳴を挙げる青年を見ながら、カルビを口に運んだ。
「そうそう。俺は鬼なもんでね」
◇
その後、人外の食べるような量の焼肉を頼んだ男は、全額を青年に奢らせた。
青年は、半月ほどもやし炒めと白飯で過ごしたと言う。
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