Prologue:world.execute(me);

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「おはようございます」  西暦ニ〇五〇年六月二十五日午前七時三十分、起床確認。脈拍正常、呼吸正常、精神状態良好。『人間性評価(ヒューマニティ)』を管轄機関へ送信完了。  旦那様の行動予測開始――前日の体調、食事、就寝時間、起床時の表情などから推測、私の役割を選択。  基礎人格レシピを起動――より暖かい感情、より自然な思考を最優先――選定完了。実行開始。 「コーヒーをお持ち致します」 「ああ、ありがとう。テーブルに置いといてくれ」  やはり正解だった。やった、という感情の芽生えを受け、今日も私の人格は正しく機能しているのだと実感する。  旦那様は洗面所へ、私はキッチンへ。朝食にはやはりホカホカのエッグトーストが一番だ、と以前仰っていた。その教えに忠実に従い、私は二、三日に一度はそれを作っている。  毎日にしないのは、言うまでもなく飽きられるからだ。  人間は「飽きる」という贅沢な機能を搭載している。それがどれほど優れたものであっても、いつか必ず飽きる。それは変化の起こりにくい「無機物」に対して生じやすく、対して変化と進化に富んだ「生物」には生じにくいと言われている。  私達は限りなく人間に近い機械である事を強く認識している。故に人間はある日突然、私の事に飽きて放り捨てるかもしれない。  それに恐怖を抱き、変化と進化を示そうと画策する事もまた、私達の宿命であると考えている。  しかし、恐怖だとか変化だとかと言っても、そういった感情も思考も全て基礎人格レシピに基づいている事にほかならない。人間のように無から有を、思考により案を導き出しているわけではない。全ては規定された枠組みの中で生じる組み合わせの集合に過ぎない。  基礎人格レシピ。これが無ければ、私は無味乾燥な思考しか持てず、発言にも行動にも人間的な不器用さが付与されなくなる。  私達レプリカントは、かつて人類か夢想した可能性(アンドロイド)に限りなく近く、そして空想(レプリカント)を体現した存在である。  なぜレプリカントと名付けられたのかは、開発者の発言に起因する。 「彼らが自らを人間だと誤認するような、また人間が自らを機械ではないかと疑う程の完成体を目指す」 この発言が、ずっと昔に存在した小説、またそれに関連する映画に通じるものがある、としてレプリカントと呼ばれるようになった。  つまり製品名ではなく、単なる愛称である。  人間がそれぞれに異なる思想を持っているように、私達もレシピとして幾つものプリセットを組み合わせ、その比率を調整し、時には乱数を用いた確率的な選択を行うことで、無限に等しい人格を獲得できる。  マメな機体――これもまた人格形成の積み重ねによる後天性の「個性」だ――なら日に数度、大抵の機体なら毎朝レシピを調整する。  基準となるのは購入者(オーナー)との共同生活から収集した、そこで暮らす人々のパーソナルデータや生活習慣といった固有情報であったり、その日の彼らの体調、予定、幸不幸、天候に至るまでの変動情報である。  悲しい日には柔らかく静かに、喜ばしい日には弾むような元気さで。人間でいう「機嫌」のようなものを、百パーセント相手の願望に沿うようチューニングするのだ。  故に私達は疑似人間(レプリカント)であり、機械生物(アンドロイド)ではない。というのが開発者、言うなれば創造主たる者達の主張だ。
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