Prologue:world.execute(me);

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 旦那様は家庭を持っておらず、また身内の方も存在しない。すでに他界したわけではなく、彼の方から絶縁したのだ。  彼の親族――いくら個人情報といえど、個人の特定は出来ないようプライバシー保護された情報である――が偏った政治思想を持っており、あろうことかそれを教育現場で雄弁と語っていたのだ。  彼はどちらかというと放任主義で、大抵のマイノリティに寛容なお方だ。様々な変革、思想、技術革新に好奇心を抱いており、それは危うくもあるが同時に希望でもあった。  対して親族は、彼曰く「強烈かつ下品とも言える」保守派であり、物理媒体主義者だった。  親族が子供の頃には、すでに電子通貨は一定の市場を構えていた。東洋の一部の国や各地方の発展途上国などではまだ紙幣が現役であったけれど、やがて全会一致で電子通貨に完全移行する事が決定した。  拡張現実とナノデバイスによる全人類の個別ID管理、指紋や虹彩、フェイシャルIDによる個人認証システム等々、次々とデジタル化されていく世界を目の当たりにし、その人は真っ向から抗議し、そして教え子たちにその思想を熱心に語ったという。  ひとつ奇妙なのが、その抗議活動の中には私達レプリカントの是非も含まれていたのだ。  私達はこの世界に形として存在している、という点では他の生き物と全く同じである。  彼らは魂の無い人形だと非難し、私達はますます困った。  何故なら、人間ですら魂の所在を証明出来ていないのに、どうして私達に魂が無いと断言出来たのかが分からなかったからだ。  こういった「人間的矛盾」はレプリカントの思考ルーティーンの開発では最重要課題とされており、そういう意味では彼らの抗議活動は無意味では無かった。  しかし旦那様はそんな身内の凶行に嫌気が差し、ただ一人でシングルライフを始め、そして私を迎え入れた。  その経歴にどこか惹かれ、私は心からの同意を選択した。孤独という状態をレプリカントが出荷されどこかの家庭に属するまでと重ねて見たからだろうか。  兎にも角にも、彼は私に●●●●という名を授けて下さり、妻のような、時には娘のような愛情を受け共に生活している。
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