赤いスープ。

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赤いスープ。

 ――誰もが元気になれる「赤いスープ」  それを差し出す前に、  おまじないスパイス「げんきにな~れ」を振りかければ、  不思議と、それを食べた人は元気になるのです――  すっかり復調した彼は『折角だから、三人で出掛けよう』と、妙に明るい調子で俺達を誘ってきた。はるが喜んで大賛成し、俺も勿論異論は無かった。  梅雨が明けきらないじめっとした気候なので、屋内で楽しめる水族館に出掛けることにした。意外だったのは、子供でもいなければ足が向くことは無いであろう都心の水族館は、大人になった俺でも十分楽しめるアクティビティーだったという点だ。  終日はしゃぎ通しだったはるを寝かしつけ、リビングに戻ると彼は珍しく晩酌をしていた。俺に気付いた彼が、冷蔵庫からビールを取り出してプルタブを開け、そのまま手渡してくれた。   「豪、心配かけて悪かった」  酒に強くない先生の色白の肌は、薄っすらと赤みを帯びている。  缶をテーブルに置いて深々と頭を下げている彼の首筋も、同様だった。 「先生が元気になってくれて、良かったっすよ。『赤いスープ』の効果です」 「――赤いスープ?」 「はい。あれは、うちの母親の魔法のレシピなんです。先生が退院した日に、出したアレです」  はるが、何度も何度も『げんきになぁれ!』とまじないスパイスをかけた。  そんな話しをした後、実家の妹がはるに贈ってくれた『赤いスープのヒミツ』という絵本をはるの寝室から持って来て、先生に見せた。 「家族の誰かに元気がないと、必ず母親が『赤いスープ』を作って、そこに家族の誰かが『元気になーれ』って、『おまじないスパイス』をかけてから食卓に運ぶんです」  不思議と、それを食べたら元気になった。問題は解決していなくても、『赤いスープ』を食べたら元気になれたのだ。 「そうか! それで、はるがやたらと『あかいすーぷすごいでしょ?』って言ってたのか。あれ、旨かったよ。久し振りに胃に食物を入れたが、優しい味で全ての具が柔らかく煮込まれてたから、刺激も少なくて僕の身体にスーッと沁み込む感じがしたなぁ」  うん。確かに元気になれたな! 『赤いスープ』は効果抜群だ、と、彼が楽しそうに笑う。  具体的な話は、一切していない。  彼が話したくないなら、無理に訊き出す必要もないだろう。  なにが正解で不正解かは分からない。  しかし――  これからも、真摯に仕事に向き合う彼を精一杯支えていくつもりだ。  そして、自分自身も院を卒業したら更に臨床現場で多くの経験を積み、公私共に彼を支えて行きたいと思う。 ―了―
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