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あの日のこと。
はるの母親である彼の妻が亡くなる数日前、急変の知らせで病室に駆け付けた彼を追い掛けて、俺ははると共に病室に駆け付けた。
はるを彼女の前に連れて行くと、強くぎゅうぎゅうと……泣き笑いの顔で、彼女ははるを抱きしめた。未だ赤ん坊だったはるは、状況を理解できるはずもなく、その強い力に驚きぎゃあぎゃあ泣きだした。しかし彼女は抱きしめる腕を緩めない。彼がそっと彼女に声を掛けたが、「もう少し。はる、凄くあったかい。泣き声も可愛い。可愛い……」と言った。暫くすると抱きしめる手を緩め、しゃくり上げるはるの顔をじーと見詰め、その涙を拭い「ごめんね」とはるに謝った。そして、はるの涙で濡れた自分の指先をぺろりと舐め「あ、しょっぱい。はるの味がするわ」と、泣きそうな顔で笑った。
彼女の手から離れたはるは、弾かれたように俺に抱き着いてきた。それを見た彼女は、俺に軽く会釈をしてから「はるは面食いね! ママと一緒だわ」と、彼に向かって微笑んだ。
美しくて、愛嬌のある可愛らしい女性だった。
その後、昏睡状態に陥った彼女は、そのまま意識を取り戻すことなく旅立った。
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