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奏
わたしはお金持ちの家に生まれることは望んでいない。
お金持ちに生まれても、いいことなんて何一つない。
お金がわたしの自由や感情をもみ消してしまいそうで、むしろ怖いとも感じた。
わたしが少し若いときだ。中学生の頃だったか、わたしは美術の授業中、彫刻刀をうっかり大好きな友達の腕に刺してしまった。
しかし、彼女は激痛で燃えるような痛みを感じているはずなのに、笑ってみせた。
痛みに耐えきった自分を自慢するかのような幼いどや顔だ。わたしは瞬間、号泣で彼女に謝罪した。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。機械のように連呼し、辺りは一歩引いている。
すると、彼女は怪我した方とは逆の手でわたしの頭を撫で回し、「大丈夫」の一言を告げて保健室へ連れて行かれた。
わたしはせめて罰を受けると、いや、受けるべきだと覚悟していた。
しかし何故か、翌日になっても特に変わったことはなかった。胸騒ぎを感じながらわたしは教室に入る。
教室にはみんなの嫌悪の眼差しが迸っていた。
クラスの眼を避けながら自席に移動すると、目の前に女子三人が立ちはだかる。背丈はたいして変わらないのに、三人はわたしより大きく見え後えに誘われそうになる。
「何?」
上目遣いで尋ねるが返事の代わりに鋭い眼付きしか返ってこない。辺りは震撼の空気に覆われ、わたしは不明瞭な恐怖に満たされていた。
「お金持ちってすごいわね?」
「え?」
突然のその一言に、疑問すら湧き上がってこない。
「昨日のこと、お金で解決しちゃったのね?」
すると心臓に激痛が走る。なるほど、だから 翌日まで何もなかった訳だ。
「お金で解決して難をのがれるなんて、卑怯の典型よね?ねー!?」
三人のうちのリーダーのような存在が同意を求めるかのように二人に尋ねると二人は便乗して「ねー!?」と返した。
「違う!それはお母様が勝手にやったことで、わたしはちゃんと謝ろうとしたよ?」
激しく弁明するが。
「じゃあなんでお母さんを止めなかったのぉ?」
簡単に論破された。
すると丁度、タイミングを見計らったかのように、腕に包帯を巻いた彼女がやって来た。
「あっ、おはよう!ごめんね、昨日は。お母さんが勝手なことしちゃったの。わたし、今度お詫びに行くから」
彼女の顔は微笑んでいた。しかし心のうちはどうだろう。
「いいよ。お詫びなら昨日の夜中に来たよ。あなたのお母様が。」
安心か、不安か、不明瞭な感情が脳裏を過った。彼女は続ける。
「お詫びはね、お金だったの。しかもお財布から出していたわ」
え?なに?表情は穏やか、声も穏やか。なのに不安が増してくる。目を合わせてくれない彼女は、冷淡に告げる。
「これで不問にして頂戴、ってそれだけ言われた。これほどの屈辱はないって、わたしのお母さんも言ってた。当然、学校もこのことを不問にしているし、むしろ授業中、わたしがあなたの側に近づきすぎたことを咎めてきたの」
瞬きの暇も与えてくれない。わたしの眼は完全に硬直し、そして心が痙攣する。恐怖、に近い感情。
「あなたが一人で謝ったところで、この屈辱は消えないわ。もう関わらないで」
その時、音が消えた。
大勢でわたしに詰め寄り何かを言っているが、全て聴こえない。
いつの間にか、わたしは早退していたらしい。記憶はほとんどない。ただ覚えていることは彼女の最後の台詞だけ。
その後、何故かわたしにあれだけ詰め寄ったクラスメイトたちは、一言も話しかけてこなくなった。これが、わたしを無視する行為であることを願った。わたしの両親が、学校やクラスメイトの家族に圧力をかけた可能性も捨てきれなかったからだ。
もしそうであるならば、わたしはとても悲しい。望みもしない制裁を与えないでほしい。
もう、こんな生活は嫌だ。
わたしはお金持ちの家に生まれることは望んでいない。
お金持ちに生まれても、いいことなんて何一つない。
お金がわたしの自由や感情をもみ消してしまいそうで、むしろ怖いとも感じた。
その頃からだ。わたし、奏の気持ちが行動に移り出したのは。
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